紡がれしクリスタルの導き 第1話「バストゥークの街角で」

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クリスタルの輝き

紡がれしクリスタルの導き

クリスタルが、世界を満たしている。

大地を。空を。風を。水を。火を。氷を。雷を。闇を。光を。

ヴァナ・ディールに生きるすべての命は、クリスタルの恩恵のもとに在る。それは空気のように当たり前で、大地のように揺るぎない、この世界の理(ことわり)そのもの。

だが、もしも。

もしもクリスタルに意思があるのだとしたら——それは時に、不思議な力を振るうことがある。

遠く離れた場所に生まれた二つの命を、同じ時に、同じ場所へと導く力。

ひとりは、小さな体に静かな決意を秘めたタルタルの少年。

ひとりは、まっすぐな瞳に怖いもの知らずの光を宿したヒュームの少女。

まだ名も知らぬ二人を、クリスタルの導きが、ひとつの街角で引き合わせる。

これは、そこから始まる物語。

紡がれていく、長い長い冒険の、最初の一歩——。

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第1話「バストゥークの街角で」

 見渡す限り、岩だった。

 赤茶けた大地が果てしなく広がり、ごつごつした岩山が空を遮るように連なっている。グスタベルグ地方——クォン大陸の南方に位置するこの一帯は、どこを向いても同じような景色が続いていて、歩いても歩いても、自分が前に進んでいるのかすら怪しくなってくる。

 タルティーは、その広大な荒野を、ひたすらに歩いていた。

 背には、自分の体ほどもある大きなリュックサック。中には着替えと、わずかばかりの食料と、冒険者になるために必要な書類が詰まっている。タルタル族の小さな体には明らかに不釣り合いな荷物だったが、ここまで来るのに何日もかかっているのだから、仕方がない。

「……うぅ、まだ着かないのかなぁ……」

 呟いた声は、荒野の風にあっさりとかき消された。

 その風が、また吹いた。今度はひときわ強い突風だった。

「わっ——!」

 小さな体が横に流されそうになる。慌てて足を踏ん張り、リュックサックの紐を両手で握りしめる。砂埃が容赦なく顔に叩きつけられて、目を開けていられない。

 風が収まるのを待って、タルティーはようやく顔を上げた。

 砂まみれだった。

 帽子にも、服にも、靴にも、細かい砂がびっしりとこびりついている。パンパンと叩いてみたが、焼け石に水というものだ。

「……ボクの冒険、始まる前に終わるんじゃ……」

 弱気な言葉が口をつく。だが、その足は止まらなかった。

 ヴァナ・ディールでは、16歳になると冒険者になる資格を得る。もちろん、他の道を選ぶこともできる。職人になる者、商人になる者、勉学の道へ進む者——生き方は様々だ。

 タルティーは、冒険者になる道を選んだ。

 大きな理由があったわけではない。ただ、まだ見ぬ世界を見てみたいと思った。この広い広いヴァナ・ディールに、どんな場所があるのか、どんな人がいるのか、自分の目で確かめてみたいと思った。それだけだった。

 だから、目指したのはバストゥーク共和国。クォン大陸の南方に位置する、鉄と鍛冶の国。冒険者の拠点としても知られるその街を目指して、タルティーは旅立ったのだ。

 ——が。

「聞いてた話と、だいぶ違うんですけど……」

 事前に聞いていた情報では、「グスタベルグは岩が多いが、道沿いに歩けばバストゥークに着く」とのことだった。確かに岩は多い。多すぎるくらいに多い。問題は、どれが道なのかまったくわからないことだ。

 それでも、歩いた。

 太陽が真上に来て、傾いて、また少し傾いて。

 何度目かの突風に砂をかぶり、何度目かのため息をついたとき——ふと、視界の端に、何かが見えた。

 岩山の一角に、明らかに自然のものではない形状が見える。切り出された岩壁。整えられた通路。そして、その奥から漏れてくる、かすかな喧噪。

「……あれは……!」

 タルティーの目が輝いた。

 バストゥークだ。

 岩山をくり抜くように作られた巨大な入口が、そこにあった。


 バストゥーク共和国。

 鉄鉱石と鍛冶の技術で栄えるこの国は、グスタベルグの岩山に抱かれるようにして存在している。高い岩壁に囲まれた街の中は、外の荒野からは想像もつかないほどの活気に満ちていた。

 鍛冶場から響く金属音。行き交う人々の声。荷車の車輪がきしむ音。そして、重厚な石造りの建物が立ち並ぶ街並みは、堅実で、力強く、この国の気質そのものを表しているようだった。

 タルティーは、その光景に思わず立ち尽くした。

「すごい……こんな場所があるんだ……」

 砂埃まみれの小さなタルタルが、口をぽかんと開けて街を見上げている姿は、行き交う人々の目にはどう映っていただろう。だが、タルティー本人はそんなことを気にする余裕もなく、ただただ、目の前の光景に圧倒されていた。

「おい、そこの坊主」

 声をかけられて、タルティーは我に返った。見上げると、兵士の格好をしたヒュームの男が、こちらを見下ろしている。

「新米の冒険者か?」

「あ、は、はい。冒険者になりたくて、バストゥークに来ました」

「そうか。じゃあ、まずは冒険者登録所に行くんだな。ここをまっすぐ進んで、大通りを右に曲がったところにある」

 兵士はてきぱきと、街の施設やルールについて説明してくれた。門番として、新しく街を訪れた者に案内をするのが仕事らしい。

「それと——」兵士はタルティーの姿を上から下まで眺めて、小さく笑った。「登録所に行く前に、砂くらい払っていけ。そのままじゃ、砂漠から来た珍獣と間違われるぞ」

「……はい」

 タルティーは、少しだけ頬を膨らませながら、服の砂を払った。


 冒険者登録所は、思ったよりも簡素な場所だった。

 石造りの建物の中に、いくつかの窓口が並んでいる。タルティーが訪れた時間帯は空いていたようで、すぐに窓口に案内された。

「冒険者登録ですね。では、こちらの書類に必要事項を記入してください」

 受付の女性に促されるまま、タルティーは書類に名前や出身地を書き込んでいく。慣れないペンに少し手こずりながらも、なんとか記入を終えた。

「はい、確認しました。では、ジョブの選択をお願いします。希望のジョブはありますか?」

「ジョブ……」

 タルティーは固まった。

 ジョブ。つまり、冒険者としての職業。戦士、モンク、白魔道士、黒魔道士、赤魔道士、シーフ——いくつかの選択肢があることは知っていた。知っていたのだが。

 どれにするか、まったく考えていなかった。

 旅の間に考えるべきだったのだ。何日もかけてグスタベルグを歩いている間に、いくらでも考える時間はあったはずだ。なのに、「バストゥークに着くこと」だけを考えていて、その先のことをすっかり忘れていた。

「あの……どれがいいか、その……」

「お決まりでしたら、こちらの一覧から選んでいただければ」

 受付の女性が、ジョブの一覧が書かれた紙を差し出した。

 焦った。

 戦士——強そうだけど、ボクの体格で務まるだろうか。
 モンク——拳で戦う、もっと無理だ。
 白魔道士——回復魔法、優しそうだけど、すぐに決めるのは。
 黒魔道士——攻撃魔法、ちょっと怖い。
 赤魔道士——万能型、器用貧乏にならないだろうか。
 シーフ——。

 ……シーフ?

 考えがまとまらないまま、タルティーの指がふらりと動いた。なんとなく、本当になんとなく。目の前の一覧表の、たまたま目に入った文字を、指さしてしまった。

「シーフですね。登録します」

「あ——えっ、あの、ちょっと待っ」

「はい、登録完了です。おめでとうございます、冒険者タルティーさん。本日よりあなたは、バストゥーク共和国所属の冒険者です」

 言葉を挟む暇もなく、登録は完了してしまった。

「…………」

 タルティーは、手渡された冒険者証を呆然と見つめた。

 ジョブ欄に、はっきりと「シーフ」と記されている。

「ボク……シーフになっちゃった……」

 こうして。

 タルティーの冒険者としての第一歩は、なんとも締まらない形で始まったのだった。


 登録を終えたタルティーは、受付で冒険者優待券なるものを渡された。

「こちらを担当者にお渡しいただくと、支度金として50ギルが受け取れますよ」

「50ギル……ありがたいです」

 所持金は、ほぼゼロに等しかった。旅の途中でわずかな蓄えを使い切ってしまっていたのだ。50ギルは大金とは言えないが、今のタルティーにとっては命綱のようなものだ。

 担当者は登録所の奥にいるとのことで、タルティーは優待券を握りしめて、言われた場所へと向かった。無事に優待券を渡し、50ギルを受け取る。小さな革袋に入った硬貨の重みが、手のひらに心地よかった。

「これで……なんとか、やっていけるかな」

 タルティーは小さく息をついて、登録所を出た。

 バストゥークの空を見上げる。岩壁に囲まれた空は狭いけれど、そこから覗く青は、どこまでも澄んでいた。

「さて……何から始めよう」

 冒険者にはなった。ジョブも、不本意ながら決まった。支度金も手に入った。

 だが、ここからどうすればいいのかが、さっぱりわからなかった。

 とりあえず、街を歩いてみることにした。バストゥークがどんな場所なのか、どこに何があるのか、まずは自分の足で確かめてみよう。

 タルティーは、小さな足でゆっくりと、バストゥークの石畳を歩き始めた。


 タルティーが冒険者登録を終えた頃。

 バストゥーク共和国の別の入口に、もうひとりの新米冒険者が姿を現していた。

「——わぁ、ここがバストゥーク!」

 ヒュームの少女が、目を輝かせて声を上げた。

 メルフィー。16歳。

 タルティーとは対照的に、その足取りは軽く、声は明るく、全身から「怖いもの知らず」という言葉がにじみ出ている。背中の荷物も最小限で、身軽そのものだ。

 彼女もまた、冒険者になる道を選んでここまで来た。理由は単純——じっとしているのが性に合わなかったからだ。

「すっごい活気! 鍛冶の音? かっこいー!」

 門番の兵士に声をかけられ、街の説明を一通り聞く。タルティーとは違う兵士だったが、話の内容は同じ。しかし、メルフィーの反応はだいぶ違っていた。

「へぇー、なるほどねー。あ、冒険者登録所ね、了解! ありがとー!」

 兵士が何か言い終わる前に、メルフィーは駆け出していた。

 冒険者登録所に到着すると、迷うことなく窓口に向かう。書類を手早く書き上げ、ジョブ選択の段階になった。

「希望のジョブはありますか?」

「白魔道士で!」

 即答だった。

 誰かを助けられるジョブがいい。傷ついた人を癒せる力がほしい——メルフィーは、そう考えていた。冒険者になると決めたときから、ジョブは白魔道士と決めていたのだ。

「白魔道士ですね。登録します。——おめでとうございます、冒険者メルフィーさん」

「やったっ! 私、冒険者だ!」

 冒険者証を受け取ったメルフィーは、それを高々と掲げた。窓口の受付嬢が、少し困ったように微笑んでいる。

「あ、そうだ。こちらの冒険者優待券を担当者にお渡しいただくと——」

「優待券? はいはい、もらった! じゃ、行ってくるね!」

 受付嬢が説明し終わるのを待たず、メルフィーは優待券をひったくるようにして受け取り、登録所を飛び出した。


 飛び出したはいいものの。

「…………」

 メルフィーは、登録所の前で立ち止まっていた。

 手の中には、冒険者優待券。

 さて。

「担当者って……誰? どこにいるの?」

 受付嬢の説明を最後まで聞いていなかったことを、ここで初めて後悔した。

 今さら戻って聞くのも格好悪い。メルフィーは周囲をきょろきょろと見回した。

 バストゥークの大通りには、冒険者らしき人たちがちらほらと見える。だが、どの人も足早に歩いていて、忙しそうだ。呼び止めるのは気が引ける。

 そう思っていたときだ。

 人混みの向こうに、ひとりのタルタルが見えた。

 小さい。ヒュームの自分と比べると、腰くらいまでしかない。ゆっくり歩いていて、どことなくまだ慣れていない感じがする。服にうっすらと砂がついている——たぶん、自分と同じ新米冒険者だ。

 メルフィーは、考えるより先に体が動いていた。

「ねぇねぇ、ちょっといい!?」

 走り寄って、声をかけた。タルタルの少年が、驚いたようにこちらを見上げる。丸い目が、さらに丸くなった。

「は、はい? 何でしょうか?」

 丁寧な口調だ。おっとりとした声で、見た目通りというべきか、なんとも穏やかな雰囲気の少年だった。

「あのね、私、今日冒険者になったばっかりなんだけど、この冒険者優待券ってやつ、誰に渡したらいいかわかる? どこに行けばいいのか全然わかんなくて——」

 メルフィーは一気にまくしたてた。タルタルの少年は、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「あぁ、優待券ですね。ボクもさっき渡してきたところですよ。案内しますね、こっちです」

「えっ、ほんと!? ありがとー!」

 タルタルの少年——タルティーは、メルフィーを先導するように歩き出した。ゆっくりとした足取りで、でも迷いなく、登録所の奥へと案内していく。

「ここですよ。あの窓口の人に優待券を渡してください」

「助かったー! ありがとね!」

 メルフィーは窓口に駆け寄り、優待券を差し出した。

「はい、確かにお受け取りしました。こちら、支度金の50ギルです」

「やったー! 50ギル!」

 革袋を受け取ったメルフィーは、嬉しそうにその重みを確かめた。それから、くるりと振り返る。案内してくれたタルタルの少年に、ちゃんとお礼を言わなくちゃ——。

 だが、メルフィーが口を開くより先に、タルティーの方が話しかけてきた。

「あの、もしかして……白魔道士ですか?」

「え? うん、そうだけど。なんでわかったの?」

 タルティーは、メルフィーの腰に下がっている小さな杖を指さした。白魔道士の初期装備として支給されたものだ。

「さっき登録所で、ジョブごとの初期装備の説明を聞いたので……その杖は、白魔道士のものですよね」

「へぇー、よく見てるね!」

「あの……ひとつ、お願いがあるんですけど」

 タルティーは少し緊張した面持ちで、言葉を選ぶように続けた。

「ボク、さっき冒険者になったばかりで……ジョブはシーフなんです。それで、これからレベルを上げたいんですけど、ひとりだと回復手段がなくて心配で。もしよかったら、一緒にパーティを組んでもらえませんか? ボクがモンスターを倒しますから、ダメージを受けたときに回復してもらえると、すごく助かるんです」

 メルフィーは、ぱちぱちと目を瞬いた。

 パーティ。

 そうだ。白魔道士の私は、回復魔法が使える。でも、攻撃手段はほとんどない。ひとりでモンスターを倒してレベルを上げるなんて、考えてみたらどうすればいいのか見当もつかない。

 ——ちょうどいい。いや、むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。

「いいよっ! てか、私も誘おうと思ってたところ! ——あ、まだ名前聞いてなかった。私、メルフィー!」

「ボクはタルティーです。よろしくお願いしますね、メルフィー」

 タルティーが、にっこりと笑った。

 メルフィーも、にっと笑い返した。

「よろしくね、タルティー! ——って、ちっちゃいなぁ、タルティー。しゃがまないと目が合わないんだけど!」

「……放っておいてください」

 タルティーがほんの少しだけ頬を膨らませたが、その表情がまた可愛らしくて、メルフィーは思わず吹き出した。

「あはは! ごめんごめん。じゃ、さっそく行こっか! レベル上げ!」

「はい。行きましょう」


 こうして。

 天晶暦886年。バストゥーク共和国の街角で、ふたりの冒険者が出会った。

 ひとりは、うっかりシーフになってしまったタルタルの少年。

 ひとりは、話を最後まで聞かない白魔道士のヒュームの少女。

 まだ何も持っていない。まだ何も知らない。

 けれど、ふたりの足元には、これから続いていく長い長い道が、確かに伸びていた。

 クリスタルの導きに、そっと背を押されるように——ふたりは、最初の一歩を踏み出した。

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