紡がれしクリスタルの導き 第4話「ゴブトレイン」

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第4話「ゴブトレイン」

 白い砂が、足元から崩れるように沈む。

 一歩踏み出すたびに、靴が砂に埋もれる。グスタベルグの固い岩場とも、コンシュタット高地の草原とも違う、不安定な足場だった。

「歩きにくい……」

「タルティー、脚短いから余計に大変でしょ」

「今はその話やめてください」

 バルクルム砂丘に足を踏み入れた二人は、セルビナを目指して砂の上を進んでいた。ガードの忠告が頭にこびりついている。ここから先は、モンスターが一気に強くなる——その言葉に嘘はなかった。

 砂丘のあちこちに、モンスターの姿が見える。砂の中から顔を出す虫。岩陰に潜むトカゲ。そして——。

「……タルティー、あれ」

 メルフィーが、低い声で囁いた。

 砂丘の向こう側を、ゴブリンが歩いている。

 コンシュタット高地で遭遇したゴブリンよりも、さらにひと回り大きく見えた。纏っている防具は金属製で、手にしている武器も明らかに上等だ。歩き方にも余裕があり、この砂丘が自分たちの庭だと言わんばかりの堂々とした足取りだった。

「……高地のゴブリンより、でかいですね」

「うん。あれはダメだ。絶対に勝てない」

「同感です。避けましょう」

 二人は身を低くして、ゴブリンの視界に入らないように迂回した。砂丘の起伏を利用して、丘の陰に隠れながら進む。グスタベルグでの経験も、コンシュタット高地での逃走劇も、すべてがここで活きていた。

 ——見つからなければ、戦わなくていい。

 タルティーは、シーフとしての本能のようなものが、少しずつ芽生えていることを感じていた。気配を消す。足音を殺す。相手の視線を読む。それは戦うこと以上に、シーフにとって大切な技術なのかもしれない。


 砂丘を進んでいくと、やがて砂地の中に岩場が現れ、その奥に洞窟の入口が口を開けていた。

「洞窟……? この中を通るの?」

「聞いた話によると、この洞窟を抜けた先にセルビナがあるみたいです」

 タルティーは、出発前にいろいろな人から情報を集め、メモを取っておいた。メルフィーが横から覗き込む。

「タルティー、ちゃんと情報収集してたんだ。さすが」

「準備は大事ですから。……誰かさんと違って」

「聞こえてるからねっ!?」

 洞窟の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。外の砂丘の熱気が嘘のように涼しい。だが、その静けさがかえって不気味でもあった。

 足音を殺しながら、二人は洞窟を抜けた。幸い、中でモンスターに遭遇することはなかった。

 洞窟を出ると——景色が変わった。

 背の高い木々が、砂地の間に立ち並んでいる。枝が頭上で重なり合い、木漏れ日が白い砂の上にまだらな模様を描いていた。砂丘の中にこんな場所があるとは思わなかった。

「へぇ……砂漠の中にも木が生えるんだね」

「不思議ですね。水脈でもあるんでしょうか」

 木々の間を歩いていく。視界は木の幹と葉に遮られて狭いが、その分、モンスターからも見つかりにくい。少しだけ、安心して歩けた。

 やがて、木々の間隔が広がり始めた。

 そして——一気に、視界が開けた。

「——わぁ!」

 メルフィーが、思わず声を上げた。

 遮るもののない広大な砂丘が、遥か先まで広がっている。白い砂の波が幾重にも連なり、その向こうに——。

「海だ……!」

 遠く、砂丘の果てに、青い水平線が見えた。

 太陽の光を受けて、海面がきらきらと輝いている。バストゥークの岩壁の中では決して見ることのできなかった、広大な水の世界。風に乗って、はっきりとした潮の匂いが鼻をくすぐった。

「すごい……本当に海があった……」

 タルティーは、小さな目を精一杯に見開いて、その光景に見入っていた。コンシュタット高地の入口でかすかに感じた潮の匂い。砂丘に入ったとき、風が運んできた遠い海の気配。それが、今、目の前に広がっている。

「きれいだね、タルティー……」

「はい……。とても」

 二人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 だが、感動はすぐに現実に引き戻された。

 遥か先まで見渡せるということは——遥か先のモンスターからも、こちらが見える、ということだ。

「タルティー、あの辺にゴブリンが何匹かいるよ」

「あっちにもいますね。それと、向こうにも……」

 開けた砂丘の上には、いくつものモンスターの姿が点在していた。ゴブリンだけではない。骨だけになった不気味な何かが、ゆらゆらと彷徨っているのも見える。

「あれ……骨? 骨が歩いてる?」

「アンデッド……ガードが言っていた、夜に出るっていう……でも、まだ昼ですよね」

「日陰のところにいるんじゃない? あんまり近づかない方がよさそう」

「そうですね」

 二人は慎重に、時には大きく迂回しながら進んだ。まっすぐ行けば近いはずの道も、モンスターを避けて回り込むことで、何倍もの距離を歩くことになる。

 それでも、二人は焦らなかった。コンシュタット高地での経験が、ここでも活きている。無理をしない。見つからないように動く。それが、今の自分たちにできる最善の策だと、二人ともわかっていた。


 どれくらい歩いただろう。

 砂丘の起伏を越え、岩場を迂回し、モンスターの目を盗みながら進み続けた二人の目に、ようやくそれが映った。

「タルティー、あれ——!」

「町だ……!」

 砂丘の向こうに、建物の屋根が見えた。石壁に囲まれた、小さな港町。その手前には、バストゥーク兵のガードが立っているのも見える。

 セルビナだ。

「やった! 着いた! 着いたよ、タルティー!」

「はい……! ようやく——」

 安堵が、二人の全身に広がった。長かった。本当に長かった。バストゥークを出て、コンシュタット高地を越え、砂丘を抜けて——ようやく、目的地が見えた。

 あとは、あの町に入るだけ——。

 そのとき。

「た、たすけてーーー!!!」

 悲鳴が、砂丘に響き渡った。

 二人が振り向くと、砂丘の向こう側から、ひとりの冒険者が全力で走ってくるのが見えた。エルヴァーンの男だった。長い脚で砂を蹴り上げながら、必死の形相でこちらに向かってくる。

 その背後に——。

「待てゴブーーッ!!」

「待てゴブーーッ!!」

 ゴブリンだ。

 一匹ではない。二匹でもない。

 五匹、六匹——いや、もっといる。大小さまざまなゴブリンが、一列になってエルヴァーンの冒険者を追いかけている。まるで列車のように連なったゴブリンの群れが、砂煙を上げながら砂丘を駆け抜けてくる。

「な、なにあれ!?」

「ゴブリンが……いっぱい……!」

 二人は、その光景に呆然とした。

 あれだけの数のゴブリンに追われて、よく走れるものだ。エルヴァーンの冒険者は、振り返りもせずにひたすら走っている。その顔は恐怖に引きつっていたが、足だけは止まらない。

 ——このとき、タルティーとメルフィーは、まだ知らなかった。

 これが、砂丘を通る冒険者たちの間で恐れられている「ゴブトレイン」と呼ばれる現象であることを。砂丘を走り抜ける途中で次々とゴブリンに見つかり、振り切れないまま後ろに連なっていく——その様が、まるで列車のようだと言われていることを。

 エルヴァーンの冒険者は、セルビナに向かって一直線に走っていた。

 ヴァナ・ディールのモンスターには、ひとつの特性がある。エリアの境界を越えることができないのだ。グスタベルグのモンスターがコンシュタット高地に出てこられないように、バルクルム砂丘のゴブリンも、セルビナの町の中には入れない。

 つまり——あの冒険者がセルビナの門をくぐりさえすれば、ゴブリンたちの追跡から逃れられる。

 エルヴァーンの冒険者が、二人のすぐ横を猛スピードで駆け抜けていった。

「すまないっ!! 先に行くっ!!」

 風のように通り過ぎて、セルビナの門に飛び込んでいく。

 ゴブリンたちは、門の手前で足を止めた。見えない壁にでも阻まれたかのように、それ以上は進めない。

 ——助かった。あの冒険者は。

 だが。

「…………」

「…………」

 タルティーとメルフィーは、目の前の光景を見て、顔から血の気が引いていくのを感じた。

 セルビナの門の前に、ゴブリンの群れがたむろしている。

 追いかけていた獲物を見失ったゴブリンたちは、所在なさげにうろうろと歩き回っていた。門の周辺を、ぐるぐると。何匹もの大きなゴブリンが、まるで門番のように居座っている。

 つまり——町に入れない。

「メルフィー、急いで! 今ならまだゴブリンが散らばる前に——いや、ダメだ、あの数じゃ突っ切れない……!」

「どうするの!? ゴブリンがいなくなるまで待つ!?」

「でも、いつ散るかわかりません。それに、ここにいたら別のモンスターに——」

 タルティーが言いかけたとき。

 横を向いたメルフィーの目が、大きく見開かれた。

「タルティー、後ろ……!!」

 振り返った。

 木の陰から、ぬっとゴブリンが姿を現していた。

 先を急ぐあまり、二人は気づかなかったのだ。木々の間に潜んでいた一匹のゴブリンに。セルビナが見えた安堵で、周囲への警戒が緩んでいた。

 ゴブリンは、にやりと笑ったように見えた。

 手にした斧を振り上げる。

「——逃げて、メルフィー!!」

 タルティーが叫んだ。

 いつもの丁寧な口調ではなかった。

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