紡がれしクリスタルの導き
第7話「お金が足りない」
バストゥークに戻った二人を待っていたのは、冒険でもなく、戦いでもなく——悩みだった。
「サポートジョブ、何にしよう」
モグハウスの前の石段に腰を下ろして、二人は頭を抱えていた。
サポートジョブを習得したはいいが、何を選ぶかで冒険者としての方向性が大きく変わる。イザシオの言葉が耳に残っている。自分に足りないものを見極め、それを補う選択をしろ——と。
「私は、まぁ、わりとすぐ決まったんだけどね」
「メルフィーは何にするんですか?」
「白魔道士のサポートでしょ。選択肢は黒魔道士か赤魔道士だよね。黒魔道士なら精霊魔法で攻撃ができる。赤魔道士なら片手剣で物理攻撃ができる」
「殴れる白魔道士……」
「その言い方やめて?」
「メルフィーが前に言ってたんじゃないですか」
「あれは冗談だって! ……半分は」
「半分本気だったんですよね」
メルフィーが唸った。確かに殴れる白魔道士への憧れは捨てきれていないが、今はそういう話ではない。
「でね、私が悩んでるのは、黒魔にするか赤魔にするかなの。赤魔なら剣も使えるし弱体魔法も覚えるけど、砂丘で見た黒魔の精霊魔法、すっごかったじゃん。ファイアがどかーんって——」
メルフィーの目が、きらきらと輝いている。あの砂丘でのパーティ戦闘で、ミスラの黒魔道士が放った精霊魔法の威力が、よほど印象に残っているらしい。
「あの威力、忘れらんないんだよねー。私も撃ちたい。精霊魔法」
「……結局、攻撃したいんですね」
「だって! 回復ばっかりだと、たまにうずうずするんだもん!」
まぁ、メルフィーらしいと言えば、メルフィーらしい。タルティーは苦笑した。
「白魔道士で回復しながら、サポートの黒魔道士で精霊魔法も撃てる。……確かに、メルフィーには合ってるかもしれませんね」
「でしょ! じゃ、私は黒魔で決まり!」
メルフィーはあっさりと決めた。悩んでいたのは、ほんの数分だった。
問題はタルティーだった。
「シーフのサポートジョブ……」
メルフィーが決まった横で、タルティーはまだ腕を組んで考え込んでいた。
シーフの特徴は、素早さと不意打ち。正面から戦う力は弱いが、相手の背後に回り込んで致命的な一撃を与えることができる。トレジャーハンターでアイテムも集めやすい。
では、何をサポートにすれば、シーフの弱点を補えるのか。
「モンクかなぁ……格闘で攻撃力を上げれば、不意打ちの威力も上がるかもしれない」
「モンクかー。殴る系だね」
「でも、モンクの格闘だと、ナイフを使った戦い方と噛み合わないかもしれなくて……」
「じゃあ、他には?」
「戦士、ですかね……」
タルティーの脳裏に、砂丘でのエルヴァーンの戦士の姿がよみがえった。
剣を構え、モンスターの前に立ち、仲間を背中に庇いながら戦う。盾となり、矛となり、パーティの中心で戦場を支える。あの力強さ。あの安定感。
タルティーが一番足りないと感じているのは、正面からの戦闘力だった。不意打ちは強い。だが、いつも背後に回り込めるとは限らない。正面から戦わざるを得ない場面で、シーフの体力と防御力では心もとない。
戦士のサポートがあれば、挑発でモンスターの注意を引きつけるアビリティが使えるようになる。メルフィーを守りやすくなる。そして何より——あの戦士のように、仲間の前に立てるようになる。
「……戦士にします」
「お、決まった?」
「はい。砂丘で見た戦士さんの動きが、ずっと頭から離れなくて。ボクも、ああいうふうに仲間を守れるようになりたいんです」
「タルティーらしいね」
メルフィーが、柔らかく笑った。
「いっつも私のこと守ってくれてるもんね、タルティー。ゴブリンのときも」
「……あれは、もう勘弁してほしいですけど」
「あはは。でも、かっこよかったよ」
タルティーの耳が、ほんのり赤くなった。タルタル族の小さな耳は、感情を隠すのが下手だ。
サポートジョブが決まった二人は、さっそくレベル上げに取りかかった。
サポートジョブのレベルは1からのスタートだ。つまり、もう一度最初から育て直す必要がある。メルフィーは黒魔道士で、タルティーは戦士で、バストゥーク周辺のモンスターと戦い始めた。
だが、今回のレベル上げは、冒険者になりたての頃とは感覚が違っていた。
「なんか……楽じゃない?」
「そうですね。サポートジョブの恩恵がレベル1から反映されているみたいです」
メインジョブの能力が下地にあるからか、サポートジョブでのレベル上げは思った以上に順調だった。タルティーは戦士として剣と盾の扱いを学んでいく。メルフィーは黒魔道士として、まず魔法屋でストーンのスクロールを購入し、読んで習得した。黒魔道士が最初に覚える精霊魔法だ。
バストゥーク周辺のミミズやハチ、トカゲを相手に、二人は着実にレベルを重ねた。あの頃は一匹倒すのに必死だったモンスターが、今では準備運動のような感覚で倒せる。成長を実感できるのは、嬉しいことだった。
「タルティー! 見て見て! ストーン! 私の初めての精霊魔法!」
「おお、ついに」
「撃っていい? 撃つよ? 行くよ?」
「どうぞ……」
メルフィーが、目の前のミミズに向かって杖を構えた。
「ストーンっ!」
小さな石つぶてが飛んでいき、ミミズに直撃した。
「…………」
ミミズは、少しだけ体を震わせた。少しだけ。
「……しょっぼ」
「レベル1の精霊魔法ですからね……」
「砂丘の黒魔道士みたいにどかーんっていかないの!?」
「あの人はレベルが全然違いますよ……」
「むぅ……」
メルフィーは頬を膨らませたが、すぐに気を取り直した。
「よーし、じゃあもっとレベル上げて、いつかどかーんって撃つからね!」
「がんばりましょう」
数日後。
二人のサポートジョブのレベルは順調に上がり、バストゥーク周辺のモンスターでは経験値が物足りなくなってきた。
「コンシュタット高地に行きましょうか」
「そだね。グスタベルグじゃもう足りないし」
前回は命がけで駆け抜けたコンシュタット高地も、今ではレベル上げの狩り場として訪れることができる。ゴブリンとも——さすがに一回り大きいやつは避けるが——普通のサイズのものなら、二人で倒せるようになっていた。
高地の大羊にも、もう踏み潰されそうになることはない。……近づかなければ。
「あ、大羊だ。……遠回りしよっか」
「そうしましょう。あれだけは、まだ怖いです」
「だよねー」
コンシュタット高地での日々は、充実していた。サポートジョブのレベルが上がるたびに、新しいアビリティを覚えていく。メルフィーはレベルが上がるごとに、ウォータ、エアロ、ファイアと、次々に精霊魔法を習得していった。
だが、レベルが上がれば上がるほど、ある問題が大きくなっていった。
「…………」
「…………」
夕暮れのバストゥーク。いつもの石段に座った二人の前には、それぞれの財布が開かれていた。
中身は——寂しいものだった。
「タルティー、ブリザドのスクロール、いくらだっけ」
「確か……二千ギルくらいだったと思います」
「二千……。今の手持ちが八百……」
「ボクも、新しい剣が必要なんですが、まともな剣は三千ギルからで……」
「三千!?」
レベルが上がるにつれて、必要な出費も雪だるま式に増えていた。
メルフィーの場合は、魔法のスクロール代だ。黒魔道士として新しい精霊魔法を覚えるためには、その魔法が記されたスクロールを購入し、読んで習得しなければならない。レベルが低いうちは安かったスクロールも、高レベルの魔法になればなるほど値段が跳ね上がる。ストーンやウォータはともかく、ファイアあたりから値が張り始め、ブリザドとなると桁が変わってくる。
タルティーの場合は、装備品だ。戦士のジョブを活かすためには、それなりの武器と防具が必要になる。シーフで使っていた古いナイフのままでは戦闘に時間がかかり、貧弱な防具のままでは受けるダメージが大きい。かといって、まともな装備を揃えようとすると、財布の中身が一瞬で消え飛ぶ。
「レベル上げで手に入った素材、全部売ったんだよね?」
「売りました。トカゲの皮も、ハチの巣も、全部」
「それでもこれかぁ……」
メルフィーが、空っぽに近い財布を振った。ちゃりん、と情けない音がした。
「メルフィー、ボクも似たようなものですよ。新しい剣を買ったら、防具を買うお金がない。防具を優先したら、剣が買えない」
「どっちを選んでも足りないじゃん……」
「そうなんです……」
レベル上げで素材を集めて売る。そのお金で装備や魔法を買う。しかし、レベルが上がれば、より強い敵と戦うためにより良い装備が必要になり、より強い魔法を覚えるためにより高いスクロールが必要になる。
出費は常に、収入を追い越していく。
「ねぇ、タルティー」
「はい」
「冒険者って……もうちょっと儲かるものだと思ってた」
「……ボクもです」
二人は顔を見合わせて、同時にため息をついた。
「レベル上げばっかりじゃなくて……金策も必要だね」
「そうですね。何か、効率よくお金を稼ぐ方法を考えないと」
「んー……何がいいかなぁ。素材集めて売るだけじゃ追いつかないし」
「競売所を使うとか……あとは、クエストを受けるとか。報酬がもらえるものもあるって聞きました」
「クエストかー。なるほどね」
名案が浮かぶわけでもなく、二人はしばらくぼんやりと、夕暮れのバストゥークを眺めていた。
鍛冶場の炉の火が、暮れかけた空をぼんやりと照らしている。金属を打つ音が、遠くから響いてくる。
「……ま、なんとかなるでしょ!」
メルフィーが、ぱんと膝を叩いて立ち上がった。
「えっ、何か策があるんですか?」
「ないけど! 今までもなんとかなってきたし!」
「それは楽観的すぎませんか……」
「楽観的でいいんだよ! 深刻な顔してても、お金は増えないし!」
それは——まぁ、確かにその通りだった。
タルティーは小さく笑って、立ち上がった。
「……そうですね。明日からまた、がんばりましょう。レベル上げも、金策も」
「うんっ! あ、でもまず今夜は——」
「はい?」
「ご飯。お腹すいた」
「…………」
タルティーは一瞬言葉を失ったが、自分も空腹であることに気づいて、観念したように頷いた。
「……食堂、行きましょうか」
「やったー! おごり?」
「割り勘ですよ」
「けちー」
「金策が必要だって、たった今言ったばかりでしょう!」
二人の声が、夕暮れのバストゥークに響いた。
冒険者の日々は、華やかなことばかりではない。強敵と戦い、新しい力を手に入れ、仲間と絆を深める——その裏には、お金のやりくりという、ごく現実的な悩みが常につきまとう。
だが、それもまた冒険だ。
少なくとも、この二人にとっては——隣に笑い合える相手がいるだけで、どんな悩みも、なんとかなるような気がしていた。