紡がれしクリスタルの導き 第9話「ジュノを目指して」

※当サイトでは広告を掲載しています

アイキャッチ[紡がれしクリスタルの導き] 紡がれしクリスタルの導き

紡がれしクリスタルの導き

第9話「ジュノを目指して」

 メインジョブでのレベル上げを再開して、数日が過ぎた頃。

 バストゥークの街に、ちょっとした変化が訪れた。

「タルティー、あれ見て。あの建物、何か始まったみたい」

 メルフィーが指さした先には、バストゥークの大通りに面した石造りの建物があった。以前から存在していた建物だが、今まで閉まっていた入口が開放されていて、真新しい看板が掲げられている。

「競売所……?」

「開いてる! 入ってみよ!」

 中に入ると、広いフロアにいくつもの窓口が並んでいた。すでに何人かの冒険者が集まっていて、窓口の前であれこれとやりとりをしている。壁にはずらりと掲示板が並び、出品されている品物の名前が書き連ねられていた。

「いらっしゃい。競売所は初めてかい?」

 受付の男が、二人に声をかけてきた。

「はい。ここは、何をするところなんですか?」

「簡単に言えば、冒険者同士が商品を売り買いできる場所だ。出品者は自分で値段を決めて品物を出す。買いたい人は、自分が払ってもいいと思う額を入札する。出品者の希望額と同じか、それ以上の額を入れれば、落札だ」

「へぇー! お店で買うのとは違うんだ」

「そうだ。お店の定価より安く手に入ることもあるし、お店じゃ売ってないような珍しい品物が出てくることもある。そういうのは高くなることが多いがな」

「でも、出品者の希望額がわからないと、いくらで入札すればいいか迷いませんか?」

 タルティーが尋ねると、受付の男は頷いた。

「いいところに気づくな。出品者の希望額は公開されていない。だが、過去の落札履歴は見ることができる。直近の十件くらいの履歴が残っているから、それを見て相場を判断するんだ」

 タルティーは、壁の掲示板に目を走らせた。装備品、素材、魔法のスクロール、食材——ありとあらゆるものが出品されている。品物の名前をひとつ選ぶと、過去の取引履歴が表示された。

「メルフィー、これ見てください」

「ん? 何々?」

「ブリザドのスクロール……過去の落札履歴を見ると、だいたい三百ギル前後で取引されてます」

「……え? お店だと二千ギルくらいしなかった?」

「はい。でも、モンスターが落とすスクロールは、数が出回るから安く取引されているみたいです」

「三百ギル……三百ギルかぁ……」

 メルフィーの目が、遠くを見つめた。あの日、ブリザドのスクロールを買うお金がなくて、ため息をついていた日のことを思い出しているのだろう。

「あの苦労は……何だったの……」

「まぁ、あの頃は競売所がなかったですから……」

「うぅ……」


 競売所のオープンは、二人にとって大きな転機になった。

 何より助かったのは、レベル上げで手に入る素材を競売所で売れるようになったことだ。

 今までは、素材をお店に持ち込んで、二束三文で引き取ってもらうしかなかった。だが、競売所を通せば、冒険者同士の需要と供給で価格が決まる。合成——素材を加工して武器や防具、薬品などを作り出す技術——に使う素材は需要が高く、お店に売るよりもずっと高い値段で取引されるものが多かった。

 二人は、さっそくレベル上げで集めた素材を出品してみた。過去の履歴を見ながら、適正な価格を設定する。すぐに売れるわけではない。誰かが入札してくれるのを待つのだ。

 翌日、競売所を覗いてみると——。

「タルティー! トカゲの皮、五百ギルで売れてた!」

「お店に売ったら五十ギルでしたよね。十倍じゃないですか」

「十倍! 十倍だよ! すごくない!?」

「すごいですね……。あ、ハチの巣も三百ギルで落札されてます」

「やったー!」

 収入が増えれば、装備も充実する。

 タルティーは、ようやくまともなナイフと、体に合った革鎧を手に入れることができた。新品をお店で買えば目が飛び出るような値段だが、競売所で中古品を探せば、手の届く価格で見つかる。

 メルフィーも、白魔法と黒魔法のスクロールを次々と揃えていった。モンスターが落としたスクロールが大量に出品されているおかげで、お店の何分の一かの値段で手に入る。ブリザドも、サンダーも、あっさりと覚えることができた。

「サンダー覚えたよ! ついにサンダー!」

「おめでとうございます。これで精霊魔法は一通り揃いましたね」

「えへへ。ようやく、って感じだけどね」

 白魔法も同様だった。バストゥークの魔法屋には売っていないスクロールも、競売所には出品されている。ストンスキンやアクアベールといった魔法も、ここでなら揃えることができた。

「ストンスキン覚えたよ! これ、自分の体に石の鎧みたいなのをまとう魔法なんだって」

「それは便利ですね。ダメージを肩代わりしてくれるなら、回復の負担も減りそうです」

「でしょ! あとアクアベールも。こっちは魔法の詠唱が中断されにくくなるんだって。回復の途中で殴られても、ケアルが止まらないかも」

「それはありがたいです。……というか、メルフィーが殴られる状況を減らす方が先な気もしますけど」

「うっ……それは、タルティーの挑発に期待してるから……」

 競売所がなかった頃の苦労を思えば、今の環境は夢のようだった。もちろん、レベルが上がれば必要な装備の質も上がるし、出費がゼロになるわけではない。だが、少なくとも「装備を買ったら食事ができない」という事態は、以前よりも避けられるようになった。


 そうして日々を重ねるうちに、二人のレベルは着実に上がっていった。

 コンシュタット高地を卒業し、再びバルクルム砂丘へ。かつては命がけで駆け抜けた砂丘も、今ではレベル上げの狩り場として訪れることができる。あの日、絶対回避を使って逃げ回ったゴブリンとも、正面から戦えるようになっていた。

「ねぇ、タルティー。前にここで大変な目に遭ったの、覚えてる?」

「忘れるわけないですよ。ゴブトレインに巻き込まれて、ボクが吹っ飛んだ話でしょう」

「あはは。あのときは本当に心臓止まるかと思った」

「ボクの方は止まりかけてましたけどね」

「……もう、あんなことないよね」

「ないですよ。ボクたち、あの頃よりずっと強くなりましたから」

 メルフィーが、小さく笑った。安心したような、少し寂しいような、不思議な笑顔だった。


 レベルが25に達したのは、それからしばらく後のことだった。

 バルクルム砂丘でのレベル上げを終え、バストゥークに戻る道すがら。コンシュタット高地の丘の上で、タルティーはふと足を止めた。

「タルティー? どしたの?」

「……いえ。ちょっと、思い出したことがあって」

 タルティーの脳裏に、ひとりのエルヴァーンの戦士の顔がよぎった。

 バルクルム砂丘で、サポートジョブのアイテムを集めるために一緒にパーティを組んだ、あの三人組。別れ際に、戦士が言った言葉。

 ——大公国ジュノ。大陸の中心にある大きな街だ。いつか行くことになるだろうから、覚えておくといい。

 ジュノ。

 あのとき、タルティーはその名前を心の中に留めておいた。いつか、もっと強くなったら行こう、と。

 レベルは25になった。まだ足りないかもしれない。砂丘の先にある道がどれほど険しいのか、想像もつかない。

 だが——ジュノという名前を思い出した途端、不思議と、そこへ行ってみたくなった。胸の奥で何かが疼く。まだ見ぬ場所への憧れ。冒険者として、もっと遠くへ行きたいという衝動。

 冒険者になるために、バストゥークを目指して歩き出したときと、同じ気持ちだった。

「メルフィー」

「ん?」

「ジュノに……行ってみませんか」

 メルフィーは、一瞬きょとんとした。

「ジュノ? あの、砂丘で会った戦士さんが言ってた?」

「はい。大陸の中心にある、大きな街だって。行ってみたいんです。……まだ早いかもしれないですけど」

 タルティーは、少し不安そうに付け加えた。レベル25で行ける場所なのかどうか、正直わからない。砂丘を越え、その先にあるという道のりがどれほどのものなのかも。

 だが、メルフィーは迷わなかった。

「行こうよ!」

 即答だった。

「えっ、もう少し考えなくて——」

「考えてどうするの? 行きたいんでしょ、タルティー」

「……はい」

「じゃあ、行こう! 行ってみなきゃ、わかんないじゃん!」

 メルフィーが、にっと笑った。あの日——バストゥークの街角で、冒険者優待券を渡す場所がわからなくて声をかけてきた日と、同じ笑顔だった。怖いもの知らずで、まっすぐで、後先を考えない。

 でも、その笑顔に何度も背中を押されてきたのだ。

「……ありがとう、メルフィー」

「お礼なんていらないよ。一緒に行くんだから、当たり前でしょ」

 コンシュタット高地の丘を、夕焼けが赤く染めていた。遠くに見えるバストゥークの岩壁が、夕日に照らされてぼんやりと光っている。

 あの街から始まった冒険が、今、また新しい場所へと続こうとしている。

「よし、決まり! 明日は準備して、明後日には出発ね!」

「早いですね……。でも、そうしましょう」

 バストゥークに戻り、手に入れた素材を競売所に出品した2人は、モグハウスの前で別れました。

「今日は、ゆっくり寝よう。明後日から、きっと大変だろうし」

「はい。……おやすみなさい、メルフィー」

「おやすみ、タルティー」


 その夜。

 モグハウスのベッドに横になったタルティーは、天井を見つめていた。

 ジュノ。

 大陸の中心にある、大きな街。

 そこに何があるのか、まだ知らない。どんな人がいて、どんな冒険が待っているのかも。

 だが、胸の中には、確かな熱があった。

 あのグスタベルグの荒野を歩いていたときと同じ。まだ何も知らなくて、まだ何も持っていなくて、ただ前に進みたいという気持ちだけがあった、あのときと。

 ——ただひとつ違うのは。

 あの日は、ひとりだった。

 今は、隣に、メルフィーがいる。

「……行こう」

 小さく呟いて、タルティーは目を閉じた。

 ジュノまでの道のりが、どれほど長くても。

 きっと、大丈夫だ。

タイトルとURLをコピーしました