紡がれしクリスタルの導き
第11話「大公国ジュノ」
門をくぐった瞬間、二人は言葉を失った。
人が多い。
バストゥークの大通りも賑やかだと思っていたが、比べものにならなかった。ヒューム、エルヴァーン、タルタル、ミスラ、ガルカ——あらゆる種族の人々が、ひしめき合うように行き交っている。冒険者もいれば、商人もいる。兵士もいれば、何をしているのかわからない人もいる。
「すごい……人がいっぱい……」
「バストゥークの何倍いるんでしょう……」
二人は、人の波に飲まれそうになりながら、ジュノの街を歩き始めた。
まず目を引いたのは、お店の数だった。通りの両側に、ずらりと店が並んでいる。武器屋、防具屋、魔法屋、道具屋——バストゥークにもあった店だが、品揃えがまるで違う。
「タルティー、見てこれ! こんな武器、バストゥークにはなかったよ!」
「ほんとですね……。この防具も、見たことのない素材で作られてます」
メルフィーが武器屋の店先で目を輝かせている横で、タルティーは防具屋のショーウィンドウに釘付けになっていた。どちらも、今の二人には手が届かない値段のものばかりだったが、見ているだけで楽しかった。
魔法屋も覗いてみた。バストゥークの魔法屋には置いていなかったスクロールが、棚にずらりと並んでいる。
「うわ、こんな魔法もあるんだ……。知らないのばっかり」
「ジュノは大陸の中心ですからね。各国の物資が集まるんでしょう」
「いつか全部覚えたいなー」
「お金が……」
「今はお金のこと考えない! 今日はジュノを楽しむ日!」
メルフィーが、ぴしっと人差し指を立てて宣言した。タルティーは苦笑いしつつも、まぁ確かに、と頷いた。
通りには露店も出ていた。いろんな人たちが地面にシートを広げ、自分で集めたであろう素材や装備を並べて売っている。競売所とは違う、顔の見える取引だ。
「あっ、タルティー見て! あれかわいい!」
「……どれですか」
「あの帽子! タルティーに似合いそう!」
「やめてください」
ひとしきり通りを歩いた後、二人はジュノの街が独特な構造をしていることに気づいた。
「ねぇ、タルティー。この街、上に登っていけるみたい」
「階段がありますね。……上にも街が続いてるんでしょうか」
石造りの大きな階段を登っていくと、そこにはまた新しい街並みが広がっていた。先ほどの場所とは微妙に雰囲気が違う。建物の造りが少し洗練されていて、行き交う人々の装備も上等に見える。
「ここ、さっきの場所より上にあるよね」
「はい。どうやらジュノは、階層構造になっているみたいです」
近くにいた商人に尋ねてみると、ジュノの構造を丁寧に教えてくれた。
「ジュノは四つの階層でできてるんだ。一番下が港。飛空艇の発着場があるところだな」
「飛空艇?」
「空を飛ぶ船さ。各国を結ぶ定期便が出てる。——まぁ、乗るにはパスが要るがな」
「空を飛ぶ船……!」
メルフィーの目が、今日何度目かわからないくらいに輝いた。
「港のひとつ上が下層。あんたらが最初にいた場所だ。商店街があって、一番賑やかな階層だな。で、今いるのが上層。住宅地や厩舎がある。そして一番上が、ル・ルデの庭。大公宮や各国の領事館がある、ジュノの中枢だ」
「四層もあるんだ……バストゥークとは全然違う」
「バストゥークから来たのか。そりゃ驚くだろうな。ジュノは大陸の中心だからな、いろんなものが集まってくる」
商人に礼を言って、二人はさらに街の探索を続けた。泥だらけの靴も、湿っぽい服も、もう気にならなかった。
上層を歩いていると、ひときわ大きな建物が目に入った。
建物の前に広い柵で囲まれたスペースがあり、その中に——大きな鳥がいた。
「わぁ! あれ、チョコボじゃない!?」
「チョコボだ……! 本物のチョコボ……!」
黄色い羽毛に覆われた、大きな二足歩行の鳥。ヴァナ・ディールの代表的な乗用動物として知られるチョコボが、柵の中で数羽、のんびりと過ごしていた。
メルフィーが、柵に張り付くようにしてチョコボを見つめている。
「かわいいー! もふもふー!」
「メルフィー、落ち着いてください……」
「だってかわいいもん! ねぇ、乗れるの? 乗れるのかな?」
厩舎の管理人に話を聞いてみると、チョコボに乗るためには免許が必要だという。
「免許を取りたければ、ゴゼビの野草を四つ持ってきてくれ。チョコボの餌に使うものでな、それを用意してくれれば、免許を発行できる」
「ゴゼビの野草……四つ」
「どこで手に入るんですか?」
「ソロムグ原野のゴゼビ山脈あたりに自生してるはずだ。探してみるといい」
タルティーとメルフィーは顔を見合わせた。
「今度、取りに行こうね!」
「そうですね。チョコボに乗れるようになったら、移動がずいぶん楽になりそうです」
「楽になるだけじゃないよ! チョコボに乗れるんだよ! それだけで嬉しいじゃん!」
「……まぁ、確かに。乗ってみたいですね」
タルティーは、柵の向こうでのんびりと毛づくろいをしているチョコボを見た。黄色い羽毛が夕日に照らされて、金色に光っている。
あのチョコボに乗って、ヴァナ・ディールの大地を駆け抜ける日が来るのだろうか。
——きっと来る。そう思うと、少し嬉しかった。
上層からさらに登ると、最上層——ル・ルデの庭に出た。
空気が変わった。
下層や上層の賑やかさとは打って変わって、ここには静かな威厳が漂っていた。美しく整備された庭園。石畳は磨き上げられ、植えられた木々は丁寧に手入れされている。そして、庭園の奥には——大公宮。ジュノ大公国の中枢が、堂々とそびえていた。
「ここが、ル・ルデの庭……」
「きれい……。でも、ちょっと緊張するね」
「ですね。バストゥークの大統領府とは、また違った威圧感があります」
庭園を歩いていくと、いくつかの建物が目に入った。それぞれの入口には、見覚えのある紋章が掲げられている。
「あ、あれ。バストゥークの紋章だよ!」
「本当だ。バストゥーク領事館ですね。ジュノにも、バストゥークの拠点があるんだ」
バストゥーク領事館の隣には、別の紋章を掲げた建物が並んでいた。
「こっちは……サンドリア王国?」
「そうみたいですね。そしてあちらが、ウィンダス連邦」
サンドリア王国。エルヴァーン族が多く暮らす、騎士の国。
ウィンダス連邦。タルタル族とミスラ族が共に暮らす、魔法の国。
タルティーは、それぞれの領事館を見上げた。タルタルの国であるウィンダスの紋章を見ると、少しだけ不思議な気持ちになった。自分はバストゥーク出身のタルタルだが、同族が多く暮らす国が別にあるのだ。
「ねぇ、タルティー」
「はい?」
「サンドリア王国とウィンダス連邦にも、行ってみたいね」
「同じことを考えてました」
「あはは、やっぱり。——きっと、バストゥークとは全然違う街なんだろうね。騎士の国と、魔法の国」
「はい。いつか、必ず行きましょう。まだ見ぬ場所が、こんなにあるんですから」
二人は、ル・ルデの庭から見下ろすジュノの街並みを眺めた。眼下に広がる上層と下層の街並み。その向こうに、遥かに広がるロランベリー耕地の緑。
ヴァナ・ディールは、広い。
まだまだ知らない場所がたくさんある。
日が傾き始めた頃、二人はようやくモグハウスに向かうことにした。
「さすがに疲れたね……」
「ですね。今日は早めに休みましょう」
ジュノのモグハウスは、上層の一角にあった。モグハウスが並ぶ通りに足を踏み入れると、バストゥークとの違いにすぐ気づいた。建物の外観が、明るく開放的な造りをしている。白い壁に、大きな窓。
「なんかこう……スタイリッシュ?」
「スタイリッシュですね。バストゥークの無骨な感じも好きですけど、これはこれで素敵です」
それぞれの部屋の前で、二人は立ち止まった。
「じゃ、私こっちの部屋ね。……もう限界。すぐ寝る」
「ちゃんとシャワーを浴びて、着替えてから寝てくださいね。泥だらけですよ」
「んー……善処する……」
「ボクの真似しないでください」
「あはは……おやすみ、タルティー」
「おやすみなさい、メルフィー」
メルフィーが、ふらふらとした足取りで自分の部屋に消えていった。あの様子では、着替えもせずにベッドに倒れ込むに違いない。
タルティーも、自分の部屋の扉を開けた。
「おかえりクポ! ジュノのモグハウスへようこそクポ!」
モーグリが元気よく出迎えてくれた。どうやら、モーグリは各地のモグハウスにいるらしい。
「長旅お疲れさまクポ。ゆっくり休むクポ」
「ありがとう……。そうさせてもらいますね」
部屋の中も、バストゥークのモグハウスとはまるで違っていた。白い壁に、高い天井。大きな窓からは、ジュノの街の灯りがぼんやりと見える。家具も洗練されたデザインのものが置かれていて、同じモグハウスとは思えないほどだった。
タルティーは入念にシャワーを浴びて、着替えを済ませて、ベッドに横になった。
ジュノのモグハウスの天井は、白くて高い。バストゥークの天井を見慣れた目には、少し不思議な感じがした。
今日一日のことを思い返す。パシュハウ沼。雨。ロランベリー耕地。クゥダフとの戦い。そして——ジュノ。
武器屋の品揃え。飛空艇という存在。チョコボ。ル・ルデの庭。各国の領事館。
まだ見ぬ国。サンドリア。ウィンダス。
世界は、こんなにも広い。
……隣の部屋では、メルフィーはもう眠っているだろう。きっと、泥だらけのまま。
「……おやすみなさい、メルフィー」
届かない声で呟いて、タルティーは目を閉じた。
疲れが、一気に押し寄せてきた。ジュノの喧噪が、窓の向こうで遠くなっていく。
長い長い一日の終わりに、ジュノの穏やかな夜が、静かに二人を包んでいた。
