紡がれしクリスタルの導き
第14話「帰郷、そしてミッション」
翌朝。目を覚ましたとき、タルティーの目はまだ少しだけ腫れていた。
だが、心は昨日とは違っていた。胸の奥に、小さいけれど確かな芯がある。もっと強くなる——そう決めた自分がいる。
モグハウスの前でメルフィーと合流すると、メルフィーは一瞬だけタルティーの顔をじっと見て——それから、いつもの笑顔を浮かべた。
「おはよ、タルティー。今日はどうする?」
昨日のことに、触れなかった。聞かなかった。ただ、いつも通りに。
タルティーは、それがありがたかった。
「競売所に行きましょう。ジュノの競売所を見てみたいんです。それと……そろそろ、バストゥークに戻ろうかと思って」
「うん。帰ろっか、バストゥークに」
ジュノの競売所は、バストゥークのものとは比べものにならなかった。
建物の広さもそうだが、何より出品されている品物の数が桁違いだった。バストゥークの競売所にはなかった装備品や素材が、ずらりと並んでいる。
「すごい……全然違う」
「ジュノは各国の冒険者が集まるからな。出品する人も、買う人も多い分、品揃えが充実してるんだ」
隣にいた冒険者が、二人の驚きぶりを見て教えてくれた。
バストゥークとジュノでは、競売所に出品されている品物がまったく異なっていた。それぞれの国の競売所は独立して運営されているため、バストゥークでは手に入らなかったものが、ジュノでは普通に取引されている。逆もまた然りだ。
「タルティー、見てこれ! レベル30向けの装備、こっちの方がずっと種類が多いよ!」
「本当ですね。しかも、物によってはバストゥークより安く取引されてるものもあります」
二人は、落札履歴を丹念に確認しながら、レベル30で装備できる中で一番性能のいいものを吟味していった。
タルティーは新しいナイフと、軽くて丈夫な革鎧を。メルフィーは白魔道士用のローブと、魔力を高める杖を。今までの装備とは、一段も二段も質が違う品々だ。
「……結構な出費ですね」
「うん……でも、装備は大事だもん。ケチったら前みたいになっちゃうし」
「そうですね。ここはしっかり揃えておきましょう」
クフィムでのレベル上げで得た素材を売った資金を充てて、なんとか必要な装備を揃えることができた。財布は軽くなったが、身につけた装備の確かな手応えが、それを補って余りある。
※初期の競売は、国ごとに独立していました
装備を整えた二人は、ジュノを後にした。
「じゃあ、帰ろう。バストゥークに」
「はい。帰りましょう」
来たときと同じ道を、逆に辿る。ロランベリー耕地、パシュハウ沼、コンシュタット高地、グスタベルグ。だが、レベル30になった今、道中の景色はまるで違って見えた。
ロランベリー耕地のクゥダフは、相変わらず大きくて強そうだった。正面から戦えるかと問われれば、まだ厳しいだろう。だが、少なくとも見つかったからといって、即座に命の危険を感じるほどではなくなっていた。冷静にやり過ごせる。
パシュハウ沼では、あの頭に草が生えた巨大なモンスターを遠目に見ながら、難なく通過した。雨には降られなかった。それだけでも、ずいぶんと楽だ。
「来たときは、ここでびしょ濡れになったよね」
「あれは大変でしたね……。靴も泥だらけになって」
「タルティー、ちっちゃいから沼に沈みそうだったもんね」
「その話はもういいです」
コンシュタット高地に入ると、もう完全に勝手知ったる道だった。大羊の姿も見えたが、もはや遠回りする必要もない。もちろん、わざわざ近づく理由もないので、ほどよい距離を保って通り過ぎた。
「あの大羊、最初に来たとき踏み潰されそうになったんだよね」
「メルフィーが石を蹴ったからですよ」
「あはは……あれは本当にごめん」
グスタベルグに入った瞬間、懐かしい空気が二人を包んだ。
赤茶けた岩と大地。乾いた風。砂埃の匂い。
「……なんか、久しぶりだね」
「わずか数日なのに、ずいぶん長く離れていた気がしますね」
「だよね。やっぱり、ここが私たちの故郷って感じがする」
見慣れた荒野を歩いていく。もうミミズにもハチにも苦戦しない。トカゲも、クゥダフも、今の二人には脅威ではない。
そんなことを考えながら歩いていたとき——メルフィーが、ふと足を止めた。
「ねぇ、タルティー。あのトカゲ、なんか大きくない?」
「……どれですか?」
メルフィーが指さした先に、一匹のトカゲがいた。グスタベルグによくいるトカゲだ。だが、確かに——周りのトカゲよりも、ひと回り大きい。
「本当ですね。普通のトカゲより、明らかに大きい」
近づいて、よく見た。グスタベルグに棲む普通のトカゲはロックリザードという名前だが、この大きなトカゲには別の名前が見えた。
「リーピング・リジー……?」
「聞いたことない名前だね。何か特別なトカゲなのかな」
二人は顔を見合わせた。
「倒してみましょうか」
「うん! 何か珍しいもの持ってるかも!」
レベル30の二人にとって、グスタベルグのトカゲは——たとえひと回り大きくても——もはや敵ではなかった。タルティーが正面からナイフを振るい、メルフィーが念のためケアルの準備をする…までもなく、あっさりと倒してしまった。
「で、何か落とした?」
タルティーが、倒したトカゲの周りを確認した。トレジャーハンターの能力で、何か珍しいアイテムが手に入るかもしれない——そう期待して。
「…………」
「…………」
「……何もないですね」
「なーんだ。何か持ってるのかちょっとだけ期待したのに」
「ただ、ひと回り大きくて名前が違うだけのトカゲだったみたいですね」
「ちぇー。ま、いっか」
メルフィーが肩をすくめて、歩き出した。タルティーも、少し残念そうにしながら後に続いた。
リーピング・リジー。結局何者だったのかはわからないが、グスタベルグには時々、こういう変わったモンスターがいるのかもしれない。
バストゥークの入口が見えたとき、二人の足取りは自然と軽くなった。
岩山に開く、見慣れた門。その手前に立つ、見慣れたガードの姿。
「おっ、お前たちか。久しぶりだな」
ガードが、二人を見て目を細めた。あの日、砂まみれのタルティーに「砂くらい払っていけ」と言った、あの門番の兵士だ。
「だいぶ強くなったみたいだな。装備も見違えたし、顔つきも変わった」
「えへへ……」
「そうですかね……えへへ」
二人は照れくさそうに笑った。あの頃は、レベル1のひよっこだった。冒険者登録所の場所もわからず、ミミズ一匹に苦戦していた二人が、今はレベル30。ジュノまで行って帰ってこられるまでに成長した。
「ところで——」
ガードが、少し真面目な顔になった。
「お前たちは、ミッションを進めないのか?」
「ミッション?」
「国から発行される任務のことだ。冒険者なら、国のために働く義務がある。ミッションをこなすことで、冒険者ランクが上がっていく。ランクが上がれば、報酬も出るし、行ける場所も増える」
ミッション。そういえば、以前どこかでそんな話を聞いたことがあった。国から与えられる任務を遂行することで、冒険者としての信頼と実績を積み上げていく仕組みだと。
「今のお前たちなら、いくつかのミッションはこなせるだろう。大統領府で話を聞いてみるといい」
「ミッションかぁ……」
メルフィーが、ちらりとタルティーを見た。タルティーも、メルフィーを見た。
「せっかく戻ってきたし、ミッションを進めてみようか」
「そうですね。バストゥークの冒険者として、やるべきことがあるなら」
「よし、決まり! ——あ、でも」
メルフィーが、大きなあくびをした。
「今日は、長旅で疲れてるし……明日からにしよう」
「ですね。今日はゆっくり休みましょう」
ガードが、呆れたように笑った。
「まぁ、急ぐことはない。しっかり休んで、万全の状態で挑め」
「はーい」
「ありがとうございます。では、また」
バストゥークの街を歩く。
鍛冶の音。金属の匂い。岩壁に囲まれた、見慣れた石畳の道。
ジュノの華やかさとは違う。洗練されたスタイリッシュさもない。だが、この無骨で力強い街並みが、二人の「帰る場所」だった。
「やっぱり、バストゥークが落ち着くね」
「はい。ここがボクたちの街ですから」
モグハウスの前で、二人は立ち止まった。
「じゃ、おやすみ、タルティー。明日から、ミッションだね」
「はい。おやすみなさい、メルフィー」
メルフィーが自分の部屋に入っていく。タルティーも、自分の部屋の扉を開けた。
「おかえりクポ!」
バストゥークのモーグリが、嬉しそうに出迎えてくれた。
「ただいま」
タルティーは、小さく笑った。
見慣れた部屋。岩壁に囲まれた、質素な部屋。ジュノの白い壁とは違う、バストゥークらしい無骨な部屋。
——でも、ここが一番いい。
ベッドに横になると、懐かしい天井が目に入った。
ミッション。国のための任務。
冒険者としての、新しい一歩。
レベル上げとは違う、物語が始まろうとしている。
「……がんばりますよ」
誰にともなく呟いて、タルティーは目を閉じた。
今日は、ぐっすり眠れそうだった。
