紡がれしクリスタルの導き
第15話「冒険者ランク」
翌朝。二人は、さっそくミッション担当のガードを訪ねた。
バストゥーク大統領府の近くに、ミッションの受付を担当する兵士が常駐している。がっしりとした体格のヒュームの男で、分厚い台帳を前に、忙しそうにペンを走らせていた。
「おまえたちか。ミッションを受けに来たんだな」
「はい!」
「おまえたちに紹介できるミッションはこれだ」
ガードが台帳をめくり、一枚の書類を差し出した。
ミッション——「ツェールン鉱山からの報告」。
「ツェールン鉱山の一番奥にいる監督官マカリムを訪ねて、報告書を受け取ってきてくれ。受け取ったら、大統領府にいるナジに届けるんだ」
「わかりました。行きましょう、メルフィー」
「おーっ!」
ツェールン鉱山は、バストゥークの近くにある鉱山だった。かつてはミスリルの採掘で栄えたらしいが、今は採掘量が減り、一部の区画は閉鎖されている。
鉱山の中は薄暗く、ところどころにカンテラの灯りが揺れていた。坑道を奥へ奥へと進んでいくと、突き当たりに小さな事務所があった。
「監督官マカリムさんですか?」
「ああ、私だが。……ミッションで来たのか? 報告書だな。はい、これだ」
あっさりと報告書を渡された。
来た道を引き返し、バストゥークに戻り、大統領府でナジに報告書を届けた。
ナジは忙しそうに書類を受け取り、「ご苦労だった」とひと言。
以上。
「…………」
「…………」
「ただの、おつかいだったね」
「おつかいでしたね」
二人は顔を見合わせて、少し拍子抜けした顔をした。ミッションというから、もう少し壮大なものを想像していたのだが——初めてのミッションは、文字通りただのおつかいだった。
ミッション担当のガードに報告すると、次のミッションを提示してくれた。
ミッション——「彼の名は……」。
「大工房にいるシド工房長からの依頼だ。詳しくは本人に聞いてくれ」
大工房——バストゥーク共和国が誇る技術研究の中枢だ。二人はさっそく向かった。
シド工房長は、油まみれの作業着を纏った、豪快な笑い声が印象的なヒュームの男だった。
「おう、来たか! ちょうどいいところだ。頼みたいことがあるんだが」
「はい、何でしょう」
「ダングルフの涸れ谷って場所を知ってるか? グスタベルグの西の方にある谷だ。そこに間欠泉があってな、大気成分の調査をしたいんだ。このカラーテスターを持って行って、間欠泉に浸してきてくれ」
シドが差し出したのは、青い色をした小さな試験具だった。タルティーがそれを受け取る。
「浸すだけ、ですか?」
「そうだ。浸したら持って帰ってきてくれ。簡単だろ?」
——簡単だった。
ダングルフの涸れ谷は、グスタベルグの西に位置する、岩に囲まれた細長い谷だった。乾いた岩壁の間を進んでいくと、谷の奥に間欠泉が湧いていた。地面の裂け目から、白い蒸気が噴き出している。
「ここかな。じゃあ、浸してみるよ」
タルティーが、カラーテスターを間欠泉に浸した。青い色をした試験具が、蒸気に触れた瞬間——みるみるうちに赤く変わった。
「わぁ、色変わった!」
「はい。これを持って帰りましょう」
バストゥークに戻り、シドに赤くなったカラーテスターを渡した。
「おう、赤か。ふーむ……なるほどな」
シドは何か考え込んでいたが、「ご苦労だった」と二人を見送った。
以上。
「…………また、おつかいだったね」
「おつかいでしたね」
ガードに報告し、次のミッション。
ミッション——「終わらぬ戦い」。
「パルブロ鉱山を占拠しているクゥダフを倒し、やつらが持っている人形のパーツを集めてきてくれ。頭、胴、腕、足の四つだ」
「クゥダフの人形……」
タルティーが、何かを思い出したように呟いた。隣のメルフィーも、同じ顔をしている。
「あれ、クゥダフの人形って……」
「うん、コンシュタット高地でレベル上げをしてたときに……」
そう、二人はコンシュタット高地でクゥダフと戦っていたとき、倒したクゥダフから人形のようなもののパーツを手に入れていたのだ。頭、胴、腕、足。四つのパーツ。
何に使うのかわからなかったが、なんとなく——本当になんとなく、売らずに残しておいたのだ。
「あの……もしかして、これですか?」
二人は、おそるおそるカバンから四つのパーツを取り出して、ガードに見せた。
ガードは、差し出されたパーツをじっと見た。
「……ああ、これだよ。なんだ、もう手に入れていたのか」
「はい……」
「じゃあ、ミッション完了だな」
「えっ」
あっさりと終わった。パルブロ鉱山に行く必要すらなかった。
「……今のって、ミッション?」
「ミッション、でしたね。……完了、しましたね」
三つのミッションを立て続けにクリアした二人に、ガードが報酬を差し出した。
「報酬として、一千ギルだ」
「一千ギル!」
「そして——おめでとう。おまえたちは、冒険者ランク2になった」
冒険者証を確認すると、確かにランクの欄が「2」に変わっていた。冒険者になったときから「1」だった数字が、初めて上がった。
「ランク2……」
「やった! ランク上がったよ、タルティー!」
「はい。ミッション自体はおつかいばかりでしたけど、ランクが上がるのは嬉しいですね」
「おつかいとか言うな。ミッションだ、ミッション」
ガードが苦笑した。
「さて、続けてミッションを進めるか?」
二人は顔を見合わせて、同時に答えた。
「はいっ!」
次のミッション——「クリスタルライン」。
「コンシュタット高地に、奇妙な建造物があるのを知っているか。あの建造物の近くに、クリスタルをかざすと変色するポイントがある。その変色クリスタルを、シド工房長に届けてほしい」
「コンシュタット高地の建造物……」
「何度も通ってるのに、気にしたことなかったなぁ」
二人は、またもコンシュタット高地へ向かった。もう何度通ったかわからないこの道も、ミッションで訪れるとなると、少し違った気分だ。
高地を進んでいくと、確かにそれはあった。
白い石で造られた、巨大な建造物。自然のものではない、明らかに何者かの手で築かれた構造物だ。何度もこの近くを通っていたのに、レベル上げに夢中で、じっくり見たことがなかった。
「すごい……こんな立派な建造物があったんだ」
「いつも素通りしてましたね……」
建造物の傍に、テレポイントと呼ばれる石があった。ホームポイントを大きくしたようなその石の近くに、確かにクリスタルに反応するポイントがある。
「これかな。クリスタルをかざしてみよう」
タルティーが、手持ちのクリスタルをかざした。
クリスタルが——光った。
そして、その光が収まったとき——クリスタルの色が、消えていた。
「色が……消えた!」
「えっ、なにこれ。透明になっちゃったよ」
「これが、変色クリスタル……? 色が変わるんじゃなくて、消えるんですね」
不思議な現象だったが、これがミッションの目的のものだろう。二人は変色クリスタルを持って、バストゥークに戻った。
シド工房長に変色クリスタルを渡すと、シドは腕を組んで考え込んだ。
「ふぅむ……色が抜けた、か。やはり、そうなるのか……」
何やら深刻そうな顔をしていたが、やがて顔を上げた。
「ありがとう。この件は、すでに報告書がある。ちょっと追記するから待っててくれ」
そう言うと、シド工房長が何かを書き足した。
「よし。悪いが、これをアヤメかナジに渡してくれないか」
報告書を受け取った二人は、少し迷った。ナジか、アヤメか。
「ナジさんには前に報告書を届けましたけど……」
「なんか忙しそうだったよね。あんまりこっちを見てくれなかったし」
「じゃあ、アヤメさんにしましょうか」
アヤメは、大統領府の一角で任務にあたっている東方出身の女性だった。凛とした佇まいで、報告書を受け取ると丁寧に目を通してくれた。
「確かに受け取りました。ご苦労さまです」
ナジよりも信頼できそうだ——と思ったのは、二人の密かな本音だった。
ガードに報告すると、次のミッション——「涸れ谷の怪物」——を提示された。
「ただし、このミッションはクリスタルを納品すれば、スキップすることもできる」
「スキップ?」
「クリスタルを規定数納めれば、実戦での証明に代えられるということだ」
タルティーとメルフィーは顔を見合わせた。レベル上げで手に入れたクリスタルなら、たくさん持っている。
「スキップで、お願いします」
そう言って、ガードにクリスタルを納品した。
「うむ、確かに受け取った。では、次のミッションだ」
ミッション——「バストゥークを離れて」。
これまでのおつかいとは、明らかに雰囲気が違っていた。ガードの表情も、どこか引き締まっている。
「大統領府にいるナジの元へ行け。詳しい説明は、ナジから受けるように」
大統領府。
二人がナジの元を訪れると、ナジは今回は真剣な顔つきで、二人をまっすぐに見た。
「ランク2のミッションか。おまえたちに、重要な任務を与える」
ナジが差し出したのは、二通の紹介状だった。
「サンドリア王国と、ウィンダス連邦。この二つの国に赴き、向こうのバストゥーク領事館を訪ねてほしい。——これは外交に関わる任務だ。心して臨め」
サンドリア王国。ウィンダス連邦。
ル・ルデの庭で見た、二つの領事館。あのとき、「いつか行ってみたいね」と話した、二つの国。
「そして——このミッションを受けるにあたり、おまえたちにプレジデントからお話がある」
「プレジデント……!?」
メルフィーが目を丸くした。プレジデント——バストゥーク共和国の最高責任者だ。
「ついてこい」
大統領府の奥へ案内された二人は、厳重な警備の先にある広間に通された。
そこは、今まで見たどの部屋よりも格式高い空間だった。磨き上げられた石の床。高い天井。壁には、歴代のプレジデントの肖像が並んでいる。
その奥に、一人の人物が座っていた。
バストゥーク共和国プレジデント。
二人は、無意識に背筋を伸ばした。タルティーは丁寧にお辞儀をし、メルフィーもそれに倣った。いつもの「おーっ」とか「やったー」とかは、さすがに出なかった。
プレジデントは、二人を見つめ——静かに頷いた。
「バストゥークの冒険者として、誇りを持って任務にあたってくれ」
短い言葉だったが、その重みは、今まで受けたどんなミッションとも違っていた。
大統領府を出た二人は、しばらく無言で歩いた。
「……プレジデントに会っちゃったね」
「会っちゃいましたね」
「緊張した……」
「ボクもです……」
紹介状を握りしめたタルティーの手が、まだ少し震えている。メルフィーも、いつもの調子に戻るまでに少し時間がかかった。
「でも……サンドリアとウィンダスに行けるんだよ!」
「はい。ジュノで、いつか行きたいねって言ってた——」
「うん。ついに、行けるんだ」
メルフィーの目が、きらきらと輝いていた。あの日、ル・ルデの庭で並んで立った二つの領事館。その先にある、まだ見ぬ国。
騎士の国、サンドリア。
魔法の国、ウィンダス。
「でも、今日はもう遅いし……」
「ですね。明日、出発しましょう」
「うん。明日、いよいよだね」
二人は、バストゥークの街を歩いてモグハウスへと向かった。
夕暮れの石畳を歩きながら、タルティーはふと思った。
あの日、バストゥークの門をくぐったときは、この街が世界のすべてだった。
それが今は、ジュノを知り、クフィムを知り、そしてこれから——サンドリアとウィンダスを知ることになる。
世界は、まだまだ広がっていく。
「おやすみ、タルティー。明日、楽しみだね」
「はい。おやすみなさい、メルフィー」
それぞれの部屋に入る前に、メルフィーがくるりと振り返った。
「あ、そうだ。今日、ミッション五つもクリアしたんだよ。すごくない、私たち?」
「……半分以上おつかいでしたけどね」
「おつかいだったね!」
バストゥークの夕暮れ、2人の苦笑い。
明日から、新しい冒険が始まる。
