紡がれしクリスタルの導き
第16話「三国の冒険者」
二人は、朝靄の残るバストゥークを後にした。
紹介状は二通。サンドリア王国と、ウィンダス連邦。まずは、クォン大陸の北方に位置するサンドリア王国を目指す。
「遠いんだよね、サンドリア」
「はい。グスタベルグからコンシュタット高地を越えて、バルクルム砂丘、その先のラテーヌ高原を抜けて、ロンフォールの先……かなりの距離です」
「がんばろっ!」
見慣れたグスタベルグを抜け、コンシュタット高地へ。何度も通った道だが、今日はいつもと違う。ミッションのために、この先へ行くのだ。
バルクルム砂丘も、もう恐れる場所ではない。あの日、ゴブトレインに巻き込まれて命がけで逃げた砂丘を、今は堂々と歩いて通過できる。
砂丘を北東へ抜けると——また、新しい景色が広がった。
ラテーヌ高原。
なだらかな丘陵が、どこまでも続いている。コンシュタット高地に似ているが、こちらの方が起伏が穏やかで、空が広い。遠くに古い塔のような建造物が見える。
「きれいだねぇ……コンシュタット高地とはまた違う感じ」
「空気が澄んでますね。風も穏やかです」
高原を抜け、さらに北へ進むと、森が見えてきた。ロンフォール。深い緑の森林が、静かにたたずんでいる。木漏れ日が落ちる林道を歩いていくと、やがて——石造りの城壁が見えた。
「あれが……」
「サンドリア王国……!」
サンドリア王国。
門をくぐった瞬間、バストゥークとの違いが二人を圧倒した。
白い石壁。高くそびえる尖塔。美しいアーチの橋が川を跨ぎ、その下を澄んだ水が流れている。街並みは整然として、どこか厳かな空気が漂っていた。
バストゥークが岩と鉄の街なら、サンドリアは石と水の街だった。
「すごい……お城みたい」
「街全体が、城塞なんですね」
行き交う人々の中には、エルヴァーンの姿が多かった。誇り高き戦士の民が、激しい内戦の末に建国した王国——五百年以上も続くドラギーユ家の当主が、歴代国王として治めている国だ。
王立騎士団と神殿騎士団。二つの精強な軍事集団に支えられた、堅固な城塞都市。だが、さきの大戦の傷跡は深く、かつての栄光の日々は過ぎ去ったとも聞く。黄昏の騎士王国——そう影で揶揄する者もいるという。
だが、二人の目に映るサンドリアは、それでもなお美しかった。
バストゥーク領事館は、すぐに見つかった。領事館のヘラク領事に紹介状を見せると、頷いて言った。
「なるほど、バストゥークからの冒険者か。ドラギーユ城の宰相ハルヴァーに話を聞きに行ってくれ」
ドラギーユ城。サンドリアの中心にそびえる、王の居城だ。
門番に事情を話すと、城の中へ案内してくれた。バストゥークの大統領府とはまた違う、歴史の重みを感じさせる石造りの回廊を歩いていく。
城に入ってすぐのところに、宰相ハルヴァーがいた。厳格な面持ちのエルヴァーンの男だ。
「バストゥークの冒険者か。ならば、腕前を見せてもらおう。ゲルスバ野営陣——ロンフォールの北西にあるオークの拠点だ。高台の集落にいる斬込隊長フォッダーチーフボックデックを討伐してこい。報告は、おまえたちの領事館でいいぞ」
「オーク……」
オークは、サンドリア方面に生息する獣人だ。クゥダフとは異なり、好戦的で、腕力の強さがそのまま身分の高さになるという戦闘種族。
「行きましょう、メルフィー」
「おーっ!」
ゲルスバ野営陣は、サンドリアの西方、ロンフォールの北西にあった。
荒れた大地に、粗末な柵と見張り台が立ち並ぶ、オークたちの拠点。中に入ると、至るところにオークの兵士が巡回していた。豚のような顔に、筋骨隆々の体。手にはそれぞれ武器を持ち、どいつも好戦的な目をしている。
「クゥダフとは全然違うね。こっちの方が……なんていうか、荒っぽい」
「甲羅の代わりに、純粋な筋肉で武装してる感じですね」
だが、レベル30の二人にとって、ゲルスバのオークは手強い相手ではなかった。タルティーの攻撃と、メルフィーの回復で、巡回兵をやり過ごしながら奥へと進んでいく。
高台の集落に、斬込隊長フォッダーチーフボックデックがいた。他のオークよりひと回り大きいが——それでも、二人の前衛後衛の連携は揺るがなかった。
タルティーが挑発で注意を引きつけ、隙を見て攻撃を叩き込む。メルフィーがケアルで回復し、合間にストーンで追い打ちをかける。
あっさりと、討伐完了。
「……なんだか、あっさり終わったね」
「そうですね。もう少し苦戦するかと思いましたけど」
ヘラク領事に報告すると、満足そうに頷いた。
「よくやった。サンドリアでの任務は完了だ。次は、ウィンダス連邦へ向かってくれ」
その日は、サンドリアでレンタルのモグハウスを借りて休んだ。
サンドリアのモグハウスも、バストゥークやジュノとは雰囲気が違う。石造りの壁は白くて滑らかで上品だが、意外にも部屋全体が繊細に感じる。
「サンドリアのモグハウスも素敵だね。なんか、上品な感じ」
「バストゥークは無骨、ジュノはスタイリッシュ、サンドリアは上品。全部違いますね」
「次はウィンダス。どんなモグハウスだろう」
「楽しみですね。……ただ、ウィンダスまでは相当な距離がありますよ」
「えっ、どのくらい?」
「サンドリアからロンフォール、ラテーヌ高原、ジャグナー森林、バタリア丘陵を越えて一旦ジュノへ。ジュノからさらにソロムグ原野、メリファト山地、タロンギ大峡谷、サルタバルタを経て、ようやくウィンダスです」
「…………遠い」
「遠いです」
「……早く寝よう」
「そうしましょう」
翌朝、早くにサンドリアを発った。
長い旅だった。
ロンフォールの深い森を抜け、ラテーヌ高原の広大な丘陵を横切り、ジャグナー森林の鬱蒼とした木々の間を歩き、バタリア丘陵の風に吹かれながら、ジュノに辿り着いた。
ジュノで一息つきたかったが、先は長い。補給だけ済ませて、すぐにジュノを発った。
ソロムグ原野。荒涼とした大地が広がる。メリファト山地。険しい山道を越える。タロンギ大峡谷。切り立った崖の間を、細い道が続いていく。
そして——サルタバルタ。
景色が、一変した。
「わぁ……!」
メルフィーが、思わず声を上げた。
緑だ。どこまでも続く、鮮やかな緑。柔らかな草原が果てしなく広がり、穏やかな風が花の匂いを運んでくる。空は高く澄んでいて、遠くには不思議な形をした木々が立ち並んでいる。
「きれい……! バストゥークとも、サンドリアとも、全然違う……!」
「南国の風景ですね。温かくて、柔らかい」
サルタバルタの穏やかな草原を歩いていくと、やがて——独特な形をした建物群が見えてきた。
ウィンダス連邦。
二人は、門をくぐって、息を呑んだ。
木と石と魔法で造られた、有機的な街並み。建物は自然と一体化するように設計されていて、壁を蔦が這い、屋根の上には草花が咲いている。水路がゆるやかに街を巡り、橋の欄干には繊細な彫刻が施されていた。
バストゥークが鉄と岩なら、サンドリアが石と水なら——ウィンダスは、木と緑と魔法の街だった。
「すごい……街全体が、生きてるみたい」
「これが、魔法の国……」
ミンダルシア大陸の南方に住むタルタルの諸部族が連合して建国した連邦国家。天の塔と呼ばれる神殿に住む神子の信託をもとに、各分野の博士たちの合議で治められている。
街の一角には、タルタル族と友好関係にあるミスラ族が暮らしていた。天性のハンターである彼女たちの狩りの技が、この都を支えている。
数十年前の大戦で一度は荒れ果てたというが、今では街全体が魔法研究機関として機能する学術都市として、見事な復興を遂げている。行き交う人々の表情は穏やかで、荒廃の面影はもはやない。
ウィンダスは今、静かな平穏に包まれていた。
「ねぇ、タルティー」
「はい?」
「タルタルがいっぱいいるよ」
メルフィーが、周囲を見回しながら言った。確かに、行き交う人々の中にタルタルの姿が多い。バストゥークでは珍しかった同族が、ここでは当たり前のように歩いている。
「……不思議な気持ちです。ボクはバストゥークで育ったから、タルタルが多い街って、初めてで」
「タルティーの故郷……ではないけど、タルティーと同じ種族の国なんだよね」
「はい。……なんだか、落ち着くような、そわそわするような」
バストゥーク領事館を訪ね、メレク領事に紹介状を見せた。
「ふむ、バストゥークの冒険者か。天の塔のクピピに話を聞きに行ってくれ」
天の塔。ウィンダスの中心にそびえる巨大な樹……のように見える。
中に入ると、樹の中とは思えない石畳の空間が広がっていた。受付にいたのは、タルタルの女性だった。天の塔書記官、クピピ。
「あなたたちがバストゥークの冒険者ですね。実は、困ったことがありまして……」
クピピの話によると、ウィンダス方面に生息する獣人——ヤグードが困っているという。
ヤグードは、見た目が人型の黒い鳥のような獣人で、種族全体でひとつの巨大な宗教団体を形成している知能の高い種族だ。クゥダフやオークとはまた違う、不気味な存在感がある。
「ギデアスというヤグードの拠点の奥地で、何やら不穏な動きがあるようなのです。これを使って、奥地への扉を開けてください」
クピピから、ギデアスの奥地へ通じる鍵を受け取った。
ギデアスは、サルタバルタの西にあった。
山を切り開いたような細い通路と、人工的な建造物や穴などがある場所。あちこちにヤグードの姿が見える。黒い羽毛に覆われた体。鳥のような嘴。だが、その目には知性の光が宿っていて、手にした武器の扱いも洗練されている。
「オークとは全然違うね。こっちの方が、賢そうで……怖い」
「宗教的な規律があるんでしょうね。統率されている感じがします」
ヤグードの巡回を避けながら、二人は奥地へと進んだ。クピピから受け取った鍵を使い、その先へ。
——バルガの舞台。
開けた空間に出た瞬間、二人は足を止めた。
そこには、目がひとつしかない奇妙なモンスターが、空中をふわふわと浮遊していた。そして——その奥に。
「…………」
「…………でかい」
巨大なドラゴンがいた。
翼を広げ、鋭い爪で地面をひっかいている。いわゆる鱗に覆われた体ではなく、どちらかというと骨……アンデッドのよう。その体からは、威圧的な気配が放たれていた。ゲルスバのオークとは、比べものにならない存在感だ。
「あいつらが、悪さをしてるのかな」
「そうみたいですね。……やりましょう」
この戦いは、サンドリアでのオーク討伐とはまるで違った。
まず、一つ目のモンスターをタルティーが挑発で引きつけた。空中を飛び回る相手に苦戦しながらも、ナイフで斬りつけ、ダメージを重ねていく。メルフィーがケアルで回復しつつ、ストーンで追い打ちをかける。
なんとか一つ目のモンスターを倒したが——ドラゴンがこちらに気づいていた。
「来る!」
ドラゴンが、地を蹴って突進してきた。
その一撃は、今まで受けたどのモンスターの攻撃よりも重かった。タルティーがナイフで受け止めようとしたが、衝撃で体ごと後方に押し飛ばされた。
「タルティー! ケアル!」
「大丈夫……! まだやれる!」
タルティーが体勢を立て直し、再びドラゴンに挑む。
熾烈な戦いだった。ドラゴンの攻撃は苛烈で、一撃ごとにタルティーの体力が大きく削られる。メルフィーのケアルが間に合わなければ、そのまま押し切られていただろう。
だが、二人は諦めなかった。
タルティーは、ドラゴンの攻撃パターンを読んだ。三回攻撃してきた後に、必ず一瞬の隙がある。その隙を狙って、攻撃を叩き込む。
メルフィーは、回復と攻撃を的確に切り替えた。タルティーの体力が安全圏にあるときは精霊魔法で攻撃し、危険になればすぐにケアルに戻る。
そして——。
「今だ!」
ドラゴンの三撃目を横に躱し、がら空きになった脇腹に、渾身の一撃を叩き込んだ。
ドラゴンが咆哮を上げ——崩れ落ちた。
「…………勝った」
「勝った……!」
二人は、しばらくその場に座り込んだ。息が荒い。体のあちこちが痛い。だが——勝ったのだ。
ウィンダスに戻り、メレク領事に報告した。
領事は、報告を聞いて顔色を変えた。
「ドラゴンだと……!? それは一大事だ。すぐに報告書を作成する。急ぎバストゥークに戻って、大統領府に届けてくれ」
メレク領事が慌ただしく報告書を書き上げる。それを受け取った二人は、ウィンダスを後にした。
長い帰り道だった。
サルタバルタ、タロンギ大峡谷、メリファト山地、ソロムグ原野を越えてジュノへ。ジュノからバタリア丘陵、パシュハウ沼、コンシュタット高地、グスタベルグ——。
何日もかけた旅の果てに、ようやくバストゥークの門が見えたとき、二人は思わず歓声を上げた。
「帰ってきた……!」
「長かったですね……本当に、長かった……」
大統領府へ急ぎ、ナジのもとに報告書を届けに行くと——そこに、プレジデントとルシウス補佐官がやってきた。
「ここでいい。報告しろ」
プレジデントの前で、二人はこれまでの旅を報告した。サンドリアでの任務。ウィンダスでの戦い。ドラゴンとの死闘。
プレジデントとルシウス補佐官は、黙って聞いていた。報告が終わると、プレジデントが口を開いた。
「ご苦労だった。」
「そして——」
ルシウス補佐官が、静かに言った。
「報酬として、三千ギルと……おめでとう、おまえたちは、ランク3になった」
そう言い残し、プレジデントとルシウス補佐官は執務室へと消えて行った。
冒険者証を確認した二人は、目を見開いた。
ランクの欄が「3」に変わっている。そして——冒険者証の表記が変わっていた。
「冒険者証」と書かれていた場所に、今は違う文字が刻まれている。
——公認冒険者証。
「ランク3になっただけじゃなくて、公認になったよ!」
メルフィーが、冒険者証を高々と掲げた。
「すごいね! 公認かぁ……」
「はい。バストゥーク共和国に、公認された冒険者……」
タルティーは、自分の冒険者証をもう一度見つめた。
あの日、冒険者登録所で、うっかりシーフになってしまった日。「冒険者証」としか書かれていなかったこの証が——今は、「公認冒険者証」になっている。
二つの国を巡り、獣人の戦闘隊長を倒し、ドラゴンを討伐した。その積み重ねが、この二文字に込められている。
公認。
「……がんばってきて、よかったですね」
「うん。がんばってきて、よかった」
メルフィーが、にっと笑った。
タルティーも、小さく——でも確かに、笑った。
あの港の片隅で、唇を噛んでいた日から。
少しだけ、前に進めた気がした。
