紡がれしクリスタルの導き
第17話「鎧と、横顔と」
ランク3。公認冒険者。
嬉しかった。三つの国を巡り、獣人の隊長を倒し、ドラゴンを討伐した。その積み重ねが認められた証だ。
だが——タルティーの心には、別のことがずっと引っかかていた。
シーフに、限界を感じていた。
パーティを組んだときの不意打ちは強い。背後に回り込んで一撃を叩き込む、あの手応えは、シーフにしかできない技だ。
だが、メルフィーと二人だけのとき——不意打ちは、うまく使えない。正面からモンスターに向き合って戦う場面がほとんどで、背後に回り込む余裕がない。
そして何より、防御が脆い。
シーフの装備は革の軽装備だ。素早さを活かすためには軽い方がいいが、その分、受けるダメージが大きい。タルタルという種族の体力の低さが、それに追い打ちをかける。
結果、メルフィーの回復の負担が大きくなる。タルティーが一発くらうたびに、メルフィーはケアルを唱えなければならない。魔力のやりくりが苦しくなる。戦闘が長引く。
あの日、ジュノで言われた言葉が——また、頭をよぎった。
——タルタルのシーフなんてクソだな。
あの言葉は間違っている。そう信じている。だが、シーフのままではメルフィーに負担をかけているのも事実だ。
自分がもっと耐えられれば。もっと打たれ強くなれれば。メルフィーは回復に追われずに済む。もっと余裕を持って戦える。
——変わらなければ。
「メルフィー、相談があるんです」
ある日の夕方、いつもの石段で。タルティーは、切り出した。
「ボク、サポートジョブのモンクを上げたいんです」
「モンク? 今のサポは戦士だよね」
「はい。でも、モンクをサポートにすれば、体力の底上げができるんです。モンクは素の体力が高いジョブですから、サポートに入れるだけでも打たれ強さがかなり変わる」
「なるほど。確かに、タルティーはよくダメージ食らうもんね」
「……それは、まぁ、否定できませんけど」
「あはは、ごめんごめん。で、モンクのレベルを上げるってことは、レベル1からだよね」
「はい。また1からです」
メルフィーは、少し考えるように空を見上げた。それから、にっと笑った。
「じゃあ、私は赤魔道士を上げるね」
「えっ?」
「赤魔道士なら、回復もできるし、軽い剣で攻撃もできるから。タルティーがレベル1のモンクで始めるなら、私も赤魔道士で付き合うよ」
「でも、メルフィーまで1からやり直す必要は……」
「いいの。赤魔道士、前からちょっと気になってたし。それに——」
メルフィーが、タルティーを見た。
「タルティーひとりに、レベル1からやらせるわけないでしょ」
その言葉に、タルティーは何も言い返せなかった。
——ありがとう、とだけ、小さく言った。
そこからの日々は、ひたすらレベル上げだった。
タルティーはモンク、メルフィーは赤魔道士。レベル1から、もう一度。
グスタベルグのミミズ。ハチ。トカゲ。
冒険者になったばかりの頃に戻ったような錯覚。だが、あの頃とは決定的に違うことがある。二人には、これまでの経験があった。
「タルティー、モンクの拳って結構いけるじゃん」
「素手で殴るの、最初は抵抗ありましたけど……慣れると、悪くないですね」
「あはは。ナイフじゃなくて拳で殴るタルタル、ちょっとシュールだけど」
「……放っておいてください」
モンクは、格闘を主体とするジョブだ。素手や格闘武器で戦い、体力と攻撃力に優れている。シーフの素早さとは対照的に、正面からぶつかっていくスタイルだ。タルタルの小さな体で拳を振り回す姿は、傍目にはなかなかの光景だったが——当のタルティーは、拳を振るうたびに、確かな手応えを感じていた。
メルフィーの赤魔道士も、白魔道士とは違った面白さがあったようだ。
「ケアルも使えるし、剣で切りつけることもできるし……赤魔道士、めっちゃ楽しい!」
「器用貧乏にならないように気をつけてくださいね」
「大丈夫大丈夫! あ、この剣かっこよくない?」
「戦い方が雑になってますよ、メルフィー」
日々は穏やかに過ぎていった。朝になればグスタベルグで待ち合わせ、日が暮れるまでレベルを上げ、その後はバストゥークに戻って素材を売り、装備を整えて、また翌朝。
コンシュタット高地に移り、バルクルム砂丘に移り——気づけば、レベルは20まで上がっていた。
モンクのレベルが20に達したところで、タルティーは戦士に切り替えた。メルフィーも黒魔道士に戻った。そこからさらにレベルを30まで上げる。
二人だけでのレベル上げだったので、ここまでに一ヶ月ほどかかった。長い日々だったが、不思議と苦にはならなかった。毎日同じ場所で、同じように戦って、同じように帰る。その繰り返しの中に、確かな成長があった。
そして——タルティーのメインジョブが、シーフから戦士に変わった。
サポートジョブには、モンクを入れた。体力の底上げが、はっきりと実感できる。シーフのときとは、受けるダメージの重みが違う。
「タルティーが戦士になったら、攻撃も防御もかなり強くなったね」
「はい。モンクのサポートで体力も上がってますし、戦士の防御力も相まって、だいぶ楽になりました」
「ケアルの回数、明らかに減ったもん。私も余裕ができてありがたいよ」
「……それが、一番の目的でしたから」
タルティーが小さく笑うと、メルフィーは一瞬きょとんとして——それから、少し眩しそうな顔をした。
しかし、ひとつ問題があった。
装備だ。
戦士になったタルティーの装備は、シーフのときのままだった。武器はナイフ。防具は革の軽装備。シーフには最適だったが、戦士には向いていない。
「せっかく戦士になったんだから、武器は剣か斧にした方がいいですよね。防具も、金属の重装備にしないと、戦士の防御力を活かしきれません」
「バストゥークの競売所は……」
「レベル30くらいの重装備は、ほとんど出品されてないんですよね」
二人は顔を見合わせた。
「ジュノ、行く?」
「行きましょう」
もはや恒例となりつつある、ジュノへの旅。だが、以前のような緊張感はもうない。道中のモンスターにも余裕を持って対処できるし、何より——この道を何度も往復してきた。
「だんだん通い慣れてきたね、この道」
「ですね。最初にジュノに行ったときは、命がけだったのに」
「パシュハウ沼でびしょ濡れになって、ロランベリーでクゥダフに見つかって……」
「今となっては、いい思い出ですね」
「いい思い出にするの早くない?」
ジュノの競売所には、予想通り戦士向けの装備が豊富に揃っていた。
タルティーは落札履歴を丹念に確認しながら、ひとつひとつ吟味していった。
片手剣。ナイフとは違う、ずっしりとした重みのある刃。握ってみると、手に馴染むまでに少し時間がかかりそうだったが、その重量感が頼もしかった。
そして、金属製の重装備。鎧、籠手、脛当て、兜——ひとつひとつ身につけていくと、体が包まれていく感覚がある。重い。だが、その重さが「守り」の実感だった。
「……どうですか?」
一通り装備を整えたタルティーが、メルフィーに聞いた。
メルフィーは、タルティーの姿を上から下までじっくり見た。
タルタルの小さな体に、金属の鎧。腰には片手剣。ナイフと革装備だったシーフの頃とは、まるで違う姿だ。小さいのに重厚。ちぐはぐなようでいて、不思議と様になっている。
「……いいんじゃない? 似合ってるよ」
「本当ですか?」
「うん。なんか、頼もしい感じ」
「……ありがとうございます」
財布の中身はだいぶ軽くなったが、装備の確かな手応えがそれを補って余りあった。
買い物を終えた二人は、ジュノの港に足を運んだ。
港の一角に、飛空艇の発着場を見渡せる場所がある。石の手すりに寄りかかれば、眼下には海が広がり、時折、飛空艇が空を横切っていく。夕暮れの光が海面に反射して、金色の波を作っていた。
二人は、手すりに並んで寄りかかった。
しばらく、何も言わなかった。風が心地よくて、景色が綺麗で、言葉がなくても十分だった。
ふと——メルフィーが、口を開いた。
「タルティーが戦士になって、鎧を着てるなんて」
海を見たまま、言った。
「私のイメージとはちょっと違うけど」
「…………」
「なんか、カッコイイ」
タルティーは、びっくりしてメルフィーの横顔を見た。
メルフィーは、海を見ていた。夕日を受けた横顔が、金色の光に縁取られている。風が髪を揺らしている。
「メルフィー、急に何を言うんですか」
「いいじゃない」
メルフィーは海を見たまま、ちょっとだけ目を細めた。口角が、ほんの少しだけ上がっている。
「カッコイイものは、カッコイイんだから」
タルティーは、その横顔から目が離せなかった。
何を言えばいいのかわからなかった。ありがとう、なのか。そんなことない、なのか。照れているのか、嬉しいのか、それすらもよくわからなかった。ただ、胸の奥が——妙に、あたたかくて。
すると。
「ねっ?」
メルフィーが、急にこちらを向いた。
満面の、笑顔だった。
夕日に照らされた顔。風になびく髪。きらきらした目。無邪気で、でもどこか——今までとは少しだけ違う、何かを含んだ笑顔。
——ドクン。
タルティーの胸が、大きく鳴った。
「…………」
言葉が、出なかった。
何か言わなければ。何か返さなければ。でも、頭が真っ白で、口が動かない。顔が熱い。耳が赤くなっているのが、自分でもわかる。タルタルの小さな耳は、感情を隠すのが下手だ。
「あはは、タルティー耳赤いよ」
「……っ、見ないでください!」
「見ちゃったもーん」
メルフィーが、いたずらっぽく笑った。
タルティーは、慌てて海の方を向いた。夕焼けの海が、やけに眩しかった。
爽やかな風が、二人の間を吹き抜けていく。
飛空艇が、夕焼けの空を横切っていった。
港の喧噪が遠くに聞こえる。波の音が、穏やかに響いている。
二人は、しばらくそのまま並んで立っていた。何も言わずに。
でも——沈黙が、苦しくなかった。
むしろ、この沈黙が、心地よかった。
タルティーは、まだ少し赤い耳のまま、夕焼けの海を眺めていた。
隣にいるメルフィーの気配を、いつもより少しだけ近くに感じながら。
