紡がれしクリスタルの導き
第18話「チョコボ免許」
翌日。
二人は、ジュノ上層にあるM&Pマートで買い物を済ませた後、通りを歩いていた。消耗品を補充して、そろそろバストゥークに帰ろうかと話していたとき。
タルティーが、ふと足を止めた。
「……そういえば」
「ん?」
「チョコボの免許のこと、すっかり忘れてました」
メルフィーが、ぽかんとした顔をした。
そして——。
「あーっ!! そういえば!!」
叫んだ。
チョコボ。ジュノに初めて来たとき、上層の厩舎でもふもふの黄色い鳥に見惚れて、「免許を取ったら乗れるようになる」と聞いたあの日。ゴゼビの野草を四つ集めれば免許がもらえると教わって、「今度取りに行こう」と約束したのに——あれから、ミッションやらレベル上げやらで、すっかり忘れていた。
「どのくらい前だっけ、あれ」
「かなり前ですね……。あの後、いろいろありすぎて」
「いろいろあったねぇ……」
二人は遠い目をした。いろいろありすぎた。
「じゃあ、そろそろチョコボの免許、取ろうよ!」
「そうですね。二人分だから、ゴゼビの野草が八つ必要ですね」
ゴゼビの野草の入手方法について、近くの冒険者たちに聞き込みをした。
「ゴゼビの野草? ソロムグ原野のゴゼビ山脈あたりに自生してるはずだが……あそこはかなり険しいぞ。人が立ち入るのは困難だ」
「えぇ……」
「ただ、メリファト山地に棲むトンボが、巣を作るためにゴゼビの野草を使うらしい。トンボを狩れば、野草が手に入ることがあるって話だ」
「トンボ! バルクルム砂丘にもいたやつだ!」
「いや、野草を持っているのはメリファト山地のトンボだけだ。アウトポストの近くに、トンボがたくさんいるって聞いたことがあるな。行ってみるといい」
情報は十分だ。二人は、すぐにメリファト山地へと向かった。
メリファト山地。
ジュノからソロムグ原野を抜けた先にある、起伏の激しい山岳地帯だ。ウィンダスへ向かうときに通過した場所だが、ゆっくり歩き回るのは初めてだった。
アウトポスト——国境警備兵が駐屯する前哨地点——の場所を確認し、その周辺を探索すると、すぐに見つかった。
「いた! トンボ!」
「いますね。しかも……そこら中にたくさん」
山地の開けた場所に、大きなトンボが何匹も飛び回っていた。バルクルム砂丘で見たものと同じ種類だが、サイズは少し大きい。透き通った翅を震わせて、山の空気の中を旋回している。
「よし、片っ端から狩ろう! タルティー、トレジャーハンター!」
「今のボクは戦士ですよ。トレジャーハンターはシーフのときだけです」
「あっ……そうだった」
「サポートジョブをシーフにすれば使えますけど……モンクのサポートを外すと体力が下がりますね」
「うーん……。じゃあ、普通に狩るしかないか。地道にいこう!」
地道だった。
本当に、地道だった。
トンボを倒しても、ゴゼビの野草が手に入るとは限らない。むしろ、手に入らないことの方が圧倒的に多かった。
「また、何も落とさない……」
「次、行きましょう」
一匹倒して、何もなし。もう一匹倒して、何もなし。三匹目で、トンボの翅が手に入った。翅は翅で売れるが、今欲しいのは野草だ。
「翅じゃなーい!」
「まぁまぁ、根気よく行きましょう」
四匹目。何もなし。五匹目。翅。六匹目。何もなし。
七匹目——。
「あっ! タルティー、これ!」
「これがゴゼビの野草! やっと出ましたね!」
「やったー! 一つ目!」
「あと七つですね」
「……先は長い」
朝から始めたトンボ狩りは、昼を過ぎても続いた。
メリファト山地の空を、次々とトンボが飛んでいく。二人は、それを片っ端から追いかけて倒していった。
タルティーが片手剣でトンボを叩き落とし、メルフィーがケアルで回復しつつ、合間にストーンで援護する。戦闘自体は難しくないが、とにかく数をこなさなければならない。
二つ目のゴゼビの野草が手に入ったのは、十数匹目だった。
「二つ目!」
「ペースが遅いですね……」
「でも、出ないよりマシだよ!」
三つ目は、比較的すぐに出た。四つ目は、また長かった。五つ目でメルフィーが歓声を上げ、六つ目でタルティーがほっとため息をついた。
太陽が傾き始めた頃、七つ目。
「あと一つ……!」
「最後の一つがなかなか出てくれなくて、長くなったりするんですよね」
「やめてよ、そういうの! フラグ立てないで!」
タルティーの予言は、残念ながら的中した。最後の一つがなかなか出ず、日が暮れかけた頃——ようやく、八つ目のゴゼビの野草が手に入った。
「出たーー!!」
「やりましたね……長かった……」
メルフィーが野草を高々と掲げて喜び、タルティーは地面にへたり込んだ。ほぼ丸一日、トンボを狩り続けた疲労が、どっと押し寄せてきた。
「帰りましょう……ジュノに……」
「うん……帰ろう……」
ジュノに戻った二人は、チョコボ厩舎を訪ねた。
以前来たときと同じ場所に、チョコボたちが柵の中でのんびりと過ごしている。だが、よく見ると、一羽だけ元気のないチョコボがいた。隅の方でうずくまるようにして、ぐったりとしている。
「あの子、どうしたの?」
厩舎の管理人に聞くと、このチョコボはしばらく前に保護されたもので、衰弱しているのだという。
「ゴゼビの野草を持ってきたなら、あのチョコボに餌として与えてやってくれ。元気になったら、免許の手続きをしよう」
「わかりました。やってみます」
一日目。
タルティーが、ゴゼビの野草をチョコボの前に差し出した。
チョコボは、ちらりと野草を見て——そっぽを向いた。
「食べない……」
「警戒してるのかな」
「明日、また来ましょう」
二日目。
メルフィーが、今度は自分の手から野草を差し出してみた。
チョコボは、少しだけこちらを見たが——やはり、食べなかった。
「食べないねぇ……」
「焦らず、ゆっくりいきましょう」
三日目。
タルティーが、チョコボの目の前にそっと野草を置いて、少し離れた。
しばらくすると——チョコボが、ゆっくりと首を伸ばした。野草の匂いを嗅いで、ためらうように——そして、ぱくり。
「食べた!」
「食べたよ、タルティー!」
二人は小さく歓声を上げたが、チョコボを驚かせないように、すぐに声を抑えた。
四日目。今度はすんなり食べてくれた。
五日目も食べた。六日目も。
日を追うごとに、チョコボの表情が変わっていった。うずくまっていた体が起き上がり、羽毛に艶が戻り、目に力が宿ってきた。
「元気になってきたね……!」
「はい。毛並みもきれいになってきました」
六日目が終わる頃には、チョコボは自分から二人に近づいてくるようになっていた。タルティーの差し出す野草を嬉しそうについばみ、メルフィーが頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「かわいい……もふもふ……」
「メルフィー、デレデレしすぎですよ」
「だってかわいいんだもん……」
チョコボが元気を取り戻した翌日。
二人が厩舎を訪れると、見慣れない男が厩舎の前で騒いでいた。
「俺のチョコボだ! 返せ!」
大柄なヒュームの男が、厩舎の管理人ブルートゥスに食ってかかっている。声は荒く、頭は眩しく、目つきは険しい。
「あのチョコボは俺が買ったんだ。勝手に保護なんかしやがって——」
「あんたが放棄したんだろうが。衰弱した状態で街の外に捨てられてたのを、うちが保護したんだ」
「捨ててねぇ! ちょっと目を離しただけだ!」
「衰弱するほど目を離すのは、捨てたのと同じだ。あんたにチョコボを飼う資格はない」
ブルートゥスは、がっしりとした体格の男だった。その声には有無を言わせぬ迫力がある。男は舌打ちをして、何か捨て台詞を吐いて去っていった。
騒ぎが収まった後、二人が厩舎の中を覗くと——チョコボが、隅の方で小さくなっていた。さっきの男の怒鳴り声に怯えたのだろう。せっかく元気になったのに、また体を縮めている。
「かわいそう……」
メルフィーが、そっとチョコボに近づいた。優しく頭を撫でると、チョコボは少しだけ首を起こして、メルフィーの手に頬を寄せた。
「大丈夫だよ。もう、あの人は来ないから」
タルティーも、チョコボの横に立った。小さな手で、黄色い羽毛をそっと撫でた。チョコボが、タルティーを見下ろした。タルタルの体よりも、チョコボの方がずっと大きい。だが、その目は穏やかで、怯えの色が少しずつ薄れていくのがわかった。
「すまなかったな、騒がせて」
ブルートゥスが、二人のもとに歩いてきた。
「あの男は、チョコボを金儲けの道具としか思っていない。使えなくなったら捨てる——そんなやつだ。もう二度と来させない」
「はい。……チョコボ、怖かったでしょうね」
「ああ。だが、おまえさんたちのおかげで、元気を取り戻した。毎日通って、根気よく餌を与えてくれた。感謝している」
ブルートゥスが、大きな手で二人の頭をぽんぽんと叩いた。
「約束通り、これを渡そう」
ブルートゥスが差し出したのは、二枚のカードだった。
チョコボ乗り免許証。死ぬまで有効。
「これで、各地のチョコボ厩舎でチョコボを借りて乗ることができる。大事にしろよ」
「ありがとうございます!」
「やったー! チョコボに乗れる!」
メルフィーが免許証を掲げて喜んだ。タルティーも、免許証をしげしげと眺めた。
「これで移動が楽になりますね」
「うん! もう砂丘を歩いて横断しなくていいんだよ!」
「パシュハウ沼で泥だらけにならなくて済みますね」
「それ最高!」
厩舎を出るとき、チョコボが柵越しに首を伸ばして、二人を見送った。
メルフィーが振り返って、手を振った。
「またね。元気でいてね」
チョコボが、小さく「クエッ」と鳴いた。
それは、二人への感謝の声だったのかもしれない。
